さまざまな個人や団体が子どもたちに無償または低価格で食事を提供する「こども食堂」が、近年、日本各地に増えている。なかでも画期的なモデルとして注目されているのが、飲食店が主体となってこども食堂を運営する取り組みだ。これらの取り組みには、店舗内で飲食する併設型だけでなく、クーポンによる食事支援や、キッチンカーによる食事提供の形などさまざまな形式がある。

今回は、東京都府中市でこども食堂を実施する「府中餃子バル あわ屋」の活動に焦点を当て、飲食店併設型こども食堂の意義と可能性を紹介する。

ある日のこども食堂にて

飲食店とタッグを組んだ、新たなこども食堂のモデル

こども食堂は、子どもへの食事提供や居場所づくりを目的とする無料または低額の食堂。近年では、多世代交流や、忙しい共働き家庭・ひとり親家庭の支援などの子育て支援、食育など、多様なニーズに応える場所としての役割を担っている。2024年度には全国で10,867カ所が確認されている(むすびえ調べ)。

こうした中、認定NPO法人 全国こども食堂支援センター・むすびえ、一般社団法人 感動こども協会、そして活動に賛同する一般企業など、多様なステークホルダー同士の連携によって飲食店併設型こども食堂への取り組みが広がってきている。その特徴は、飲食店に併設し、毎日開催していること。単に食事を提供するだけでなく、食育や、子どもたちが社会に出たときに役に立つリアルな社会体験ができる機会と場所を提供していることも特徴だ。

「府中餃子バル あわ屋」では毎日17時から19時までテラスでこども食堂を実施。孤食による心の貧困を防ぐべく、みんなで食卓を囲み「いただきます」と言う環境づくりにも力を入れている

この取り組みに共鳴し、こども食堂を実施する飲食店の一つが「府中餃子バル あわ屋」だ。同店の雨宮春仁社長は3人の子を持つ親として、日々子どもの食事を用意することの大切さを実感していた。また、飲食店の通常営業で出る食材ロスをこども食堂で活用すれば、食材の有効活用と子ども支援を両立できるのではないかという可能性も感じていた。

そんなある日、感動こども協会の飲食店併設型の取り組みを知った雨宮社長は「毎日営業できるなら継続的な支援ができる」と確信。「府中餃子バル あわ屋」のテラスでこども食堂を始めることになったのは、2024年3月15日だった。

当初、雨宮社長は経済的に困難な家庭の子どもを利用者として想定していたが、1年運営してみて、どちらかといえば忙しい子育て世帯の支援になることを実感した。例えば、習い事の前に夕食を済ませたいが、親が忙しく作れないといった理由で利用する家庭だ。そんな忙しい親からの申し込みに対応するため、基本的には予約は不要だが、予約すれば優先的に受け付けられるような体制を整えたという。木曜日や金曜日は予約が埋まりやすいが、ほかの曜日は比較的利用しやすい状況だ。

左から「府中餃子バル あわ屋」の雨宮春仁社長、一般社団法人 感動こども協会 理事の桑木崇行氏、認定NPO法人全国こども食堂支援センター・むすびえの花岡洋行氏

こども食堂を毎日実施できる理由

「府中餃子バル あわ屋」のこども食堂では、初めて訪れた子どもには看板メニューの餃子を提供し、2回目以降は日替わりで栄養バランスを考えたメニューを用意している。子どもの体作りを意識した献立は、ご飯、スープ、メイン、サラダという構成が基本だ。最近は、協力企業から提供してもらっている肉を生かしたポークソテーやカツレツを出すことも多い。子ども(未成年)は無料で、大人には500円で提供している。

また、食育の一環として、毎日の献立の中に「おにぎり」を作る体験を組み込んでいることも特徴の一つ。テラスの炊飯器の近くにはおにぎり用の具材を豊富に用意し、好きなものを選べるようにしている。

母親の手を借りながらも、小さな子どもが自分でご飯をよそっておにぎりを作る

さらに、ひな祭りには酢飯と具材をトッピングしてちらし寿司を仕上げる体験を提供したり、クリスマスには特別メニューを提供したりなど、季節ごとにイベントを開いて食を楽しむ機会を創出している。それだけでなく、ここでは社会を生き抜く力を養う「商い体験」ができる機会も用意されている。子どもたちが作った料理を疑似通貨を使って売る「餃子パーティー」や「お好み焼きイベント」では、地域企業の協力も得ながら、実践的な学びを提供した。「自分で作ったものを他人に売る経験は、子どもたちにとって貴重な学びの場になります」と雨宮社長は強調する。

こうした活動を支えるのは、理解ある常連客の存在だ。「こども食堂を始めた当初は否定的な意見もありましたが、現在は社会貢献活動に共感してくれるお客様が支えてくれます」と雨宮社長は語る。店では募金活動も行い、モバイルオーダー画面からも手軽に募金できる仕組みを導入。系列の9店舗で集めた募金をこども食堂の運営に充てている。

テラスに置かれた利用者ノートには「おいしい料理をありがとう」など、たくさんの感謝のメッセージが書かれている

こども食堂による好影響

飲食店併設型のこども食堂の強みは、なんといっても既存の店舗資源を活用できることだ。たとえば食材の仕入れには通常営業で築いたルートや契約農家とのつながりを生かすことができるし、料理のできるスタッフも確保できる。

飲食店併設型こども食堂は、店舗の営業時間と重ねて営業しているため、既存のスタッフでこども食堂の運営ができるというメリットがある

「府中餃子バル あわ屋」では、実際に従業員がテラスの「こども食堂」のサービスも行っている。さらに、最近はSDGs活動や社会貢献に関心を持つ学生が、こども食堂で働くことを希望するケースも増えているという。学生にとってはSDGs活動の経験が就職活動に有利になるという事情もあるため、雨宮社長はアルバイトをしながら「こども食堂」で社会貢献活動に参加できる仕組みを作っていきたいと考えているそうだ。

「こども食堂の取り組みは大学生の卒論や研究テーマとして取り上げられることもあり、学生から取材を受ける機会も増えました。かつて利用者だった子どもが成長し、運営をサポートするアルバイトをしてくれているケースも。どの業界も人手不足が課題ですが、こども食堂を通じて将来の飲食業の人材が育つきっかけになれば、非常にうれしいことです」(雨宮社長)

来店した子どもに声をかける雨宮社長

雨宮社長にとってうれしいことは、まだある。たとえば、こども食堂を通じて店の存在を知った人が通常営業時に来店してくれることも、その一つ。また、子どもを持つ系列店の社員から「こども食堂の料理はこちらで作っておきますよ」といった協力の声が上がるようになり、社内にもよい影響が生まれているという。「こども食堂を通じて協力できることはしようという意識が生まれ、グループの一体感が強まりました。こうしたチームワークの向上も、活動を続ける大きな励みになっています」(雨宮社長)

「単に食事を提供する場ではなく、慈善活動にも力を入れていることを発信することで、飲食業界全体の価値を高めたい」と話す雨宮社長

子どもたちに食事や食育を提供するだけでなく、飲食店の価値を向上させる可能性も持つ“飲食店併設型のこども食堂”。その一つとして「府中餃子バル あわ屋」に誕生したこども食堂は、単なる食事の提供を超えた新たな飲食店の形と、飲食店の価値向上の可能性を示している。

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取材・文:小松めぐみ
撮影:三好宣弘(RELATION)