偉大なるシェフの名言に導かれ、掲げた上州キュイジーヌ

「まえばしヒラメ」。ヒラメの活魚を養殖
「まえばしヒラメ」。ヒラメの活魚を養殖   写真:お店から

本田:群馬・みなかみ町の「別邸 仙寿庵」でパリ「PAGES(パージュ)」の手島竜司シェフを招いた「Inspire by Relux」というイベントをやった時、ひろには群馬の食材などのアドバイスとか、イベントのサポートをしてもらったよね。その時、2017年に会った時のメモを見返していたら、地元の生産者と繋がって、群馬の食材を調理し、群馬で作られている器に盛りつけた上州キュイジーヌという言葉をすでに使っていた。

片山:当時からコンセプトは変わってないですね。

本田:あの当時は、まだ、デスティネーションレストランという発想そのものが日本にはなかった。一部にそういったレストランをやっている人はいたけどね。だから、最初、上州キュイジーヌって聞いた時、この子、何言ってんだと思ったぐらい。でも7年前ぐらいからそういうことを掲げて、実行していたのは、今思えば、先見の明というか、すごいことだよね。

片山:いやいや、そんなすごいことではないです。

「鮎」 鮎をソテーし、鮎の肝のクルトンとハーブを重ねた一皿 写真:お店から

本田:元々、高崎に戻ろうと思ったのは、フェルナン・ポワン(フランス料理の神様と言われる伝説のシェフ)の「若者よ、故郷に帰れ」という言葉からだよね。「その街の市場に行き、その街の人のために料理を作れ」。でもあの当時そんなことを言って、群馬で店やっても誰も理解してくれないじゃん。今なら「デスティネーションレストラン。地元の食材を使ってすばらしい」となるけど、あの当時は、お客もそういった考えについてくる時代じゃなかった。よくそんな時に上州キュイジーヌをやったよね。

片山:フェルナン・ポワンの言葉がどうしても僕の心にあって。偉大なシェフの下から名シェフたちが故郷に戻り、それぞれの地方で店を成功させて、三つ星を獲得するというストーリーが、すごく美しく見えたんです。僕は東京や世界では勝負できないし、自分の器もわかっていた。でも絶対に群馬、上州だったら歴史の1ページを作れるはずだという思いは当時からあったんですよね。それをやり始めたのが7年前。お客様に理解されているんだろうか。毎日がそんな感じでした。上州にこだわらないから、東京のものを出してと言われることもありました。

本田:「別に群馬の食材じゃなくていい」みたいなことを、最初は言われたんだろうなと思う。

片山:「白井屋」でも同じコンセプトを掲げていますが、明らかに、今の方が上州キュイジーヌという認知度が高い。あと、「ゴ・エ・ミヨ」のような外部の評価をいただいたりして、市民権を少しずつ得てきているのかなと思います。7年経って、群馬、上州、前橋にこだわる意味とか、この「白井屋」でやる意味とかが理解され、いろんな人とのご縁もあって、上州キュイジーヌが確固たるものになってきていると思います。

本田:よく、今までコンセプト、折れなかったよね。上州キュイジーヌ、こいつ、何、言ってんだって、多分、思われてたと思うよ。

片山:上州やめた方がいいんじゃないかと言われたこともありました。けれど、1回試させてくださいと言って、なんとか「白井屋」の「the RESTAURANT」の開業にこぎつけました。うれしいのは川手さんがすごく理解してくださって。片山は上州キュイジーヌ、群馬の料理を表現するべきだって言ってくれて、今でもフォローアップしてくれています。そこはすごく誇りや励みになってますね。

地元の筍のフランに上州地鶏のコンソメを注ぐ 写真:お店から

本田:最初、群馬にどんな食材があるのかというところから始まるわけじゃない。今なら、デスティネーションレストランが増えてきて、地方の食材も注目されて、レベルの高いものも出てきている。けれど、当時は、そこまでにはなっていない。開拓するのも大変だったでしょう?

片山:最初はそうでしたね。使いたい食材の生産者とせっかく出会っても、その後、続かなくて、また探す。そんなことがよくありました。料理や食材の質を一緒にレベルアップしようとか、そういうモチベーションのある方、熱意がある方とは未だに関係が続いています。東京に卸すよりは「白井屋」や片山さんに一番いいものをと言ってくださる人もいて、ありがたいですよね。それはこれまで積み重ねてきたものがあるからだと思います。

本田:互いにレベルアップしてきたというのもあるよね。デスティネーションレストランでよくあるのが、ハワイなんかそうだったんだけど、なかなかいい食材が地元だけでは手に入らないということ。90年代ぐらいに、ハワイのシェフたちが、ハワイのレベルを上げようと、農家や生産者と組んで、こういう野菜が必要だとか、鶏や牛、豚とかもこのぐらいのレベルのものが必要だとか、だから、一緒に努力しようとなった。そうすると、両者のやり取りがあって、どんどんレベルが上がっていく。生産者だけだと、レストランではこういうものが必要だとか、このレベルのものが欲しいとかがわからない。

片山:おっしゃる通りだと思います。シェフと生産者、お互いの気づきでより良いものができる。例えば、冬場のちぢみほうれん草。根っこもおいしいのに、農家さん、根っこは売り物にならないと言う。私たちのレストランは根っこ付きでいいんですよと言うと、驚かれますね。シェフの常識、農家さんの常識、双方の思いがわかると、いろんな発見があります。

郷土料理の「おきりこみ」を冷製にリメイクした一皿「OKIRIKOMI」
郷土料理の「おきりこみ」を冷製にリメイクした一皿「OKIRIKOMI」   写真:お店から

本田:ひろみたいなシェフがいると、地元食材のレベルも上がる。これから、群馬にも新しいデスティネーションレストランが増えるかもしれない。今、群馬、いろいろ回っていて、「別邸 仙寿庵」オーナーの久保くんと一緒に群馬を盛り上げなきゃと言っています。

片山:素晴らしい!

本田:何がデスティネーションなのか、何が受けるのかというのは、やっぱり外からの目がないとさ、わからない。でも、群馬、いいレストラン、増えてきてるよね。そうなると、シェフたちも増えて、切磋琢磨してもっといいものができるかもしれない。一軒だけ頑張ってもさ、農家や生産者のビジネスもあるから。正論を言っても広がらない。ひろが、最初に上州キュイジーヌで生産者の開拓を始めたのは、群馬にとっても価値のあることなんだなと思う。

片山:そう言っていただけて、うれしいです。ありがとうございます。