教えてくれる人

マッキー牧元

株式会社味の手帖 取締役編集顧問 タベアルキスト。立ち食いそばから割烹、フレンチ、エスニック、スイーツに居酒屋まで、年間600回外食をし、料理評論、紀行、雑誌寄稿、ラジオ・テレビ出演。とんかつブームの火付役とも言える「東京とんかつ会議」のメンバー。テレビ、雑誌などでもとんかつ関連の企画に多数出演。

美食の街・北海道でマッキー牧元さんの心を打った2軒とは?

味道広路(あじどころ)

札幌からは車で1時間ほどの夕張郡・栗山町という場所にある「味道広路」。爽やかな緑に囲まれた一軒家の中は4つの個室で構成されている。

料理は地元栗山産の食材に加え、ほぼすべて北海道の食材を使用しており、北海道を味わうにはもってこいの一軒だ。マッキー牧元さんの臨場感あふれるレポートとともに料理を紹介していこう。

この店に来るたびに、真実を突きつけられる。
それは、満ち足りた食事というのは、決して高級食材を使ったご馳走のことだけを指すのではない、ということである。

ご主人酒井さんは、何気ない食材でもご馳走に仕立て上げる。料理に心意気がある。
その「心意気」とは、心の中に輝いているものであって、地元と自然への敬意に満ちながら、進取の気性に富み、日々刻々と活発に躍動する心の中にだけ存在するものである。酒井さんには、それがある。

そんな心意気を持った人が作る料理は、てらいなく、心地よく、潔い。胃袋を満たすだけでなく、精神を清らかにし、満たしてくれる。

5月末に、またこの店を訪れることができた。
その時にいただいた料理の中から、まず、特に印象的だったものから先にご紹介したい。

割烹料理の芯をなす「くるまばそうオイル、ふき、あいなめのお椀」

お椀の蓋をあけると、桜が香った。桜葉の香りに似た、クルマバソウの香りだという。椀種はアイナメで、脇には椀妻のフキが控えていた。季節の香りに口元を緩めながら、まず一口、汁を飲む。

すると静寂が広がった。泡立つ心が横たわる。

汁は、アイナメの磯の香りを押さえ込みながら、次第にクレッシンドへと向かっていく。淡味の中へ、あいなめの脂と皮下のコラーゲンが溶け、味が深くなっていく。そして最後の一滴は、心を永遠に豊かにする。

海と里と山の融合「栗山の蒟蒻と胡麻  しどけ  子持ちヤリイカ。酢味噌」

続いて「栗山の蒟蒻と胡麻  しどけ  子持ちヤリイカ」の皿が運ばれた。精妙に加熱されて生まれたヤリイカの柔らかい甘み、しどけの刺激、蒟蒻のほのかなえぐみ、胡麻の香りが、次々と口の中で響きあう。海と里と山の生き物が、出会った喜びをハーモニーに変えて、歌う。

酢味噌をつければ、練ったばかりの辛子の辛味が舌を刺し、味噌の甘みと柔らかな酸味と共になって、ヤリイカの繊細な卵の甘みを引き上げる。巧みに計算されているが、人間のエゴがない。わざとらしさが微塵もない、食材に少しだけ手を貸しましたという、自然がある。

軽快な歯応えに魅了された「山うどのかき揚げ」

続いては「山ウドのかき揚げ」。口に入れると、ザクッザクザクッ! 霜柱を踏んだような痛快な音が立つと、香りが弾けて、清廉な空気が流れて、鼻を洗う。その途端、海苔のようなうまみが広がった。

山ウドはこんなうまみを秘めていたのかと、目を見開きながら噛み締めていると、喉に落ちた後に、ふっと苦味が漂う。

「私の素性はまだ教えない」。そう言われて、山の神秘が脳をよぎるのだった。

一体感に感銘を受けた「白花豆のすり流しとヒラメ オオハナウドの花」

そして「白花豆のすり流しとヒラメ オオハナウドの花」。甘みをそっと滲ませるヒラメを噛み、白花豆を口に含む。豆の柔らかな甘みが開き、ヒラメを包み込む。
さらに、ヒラメを崩し、すり流しと合わせて混ぜ、口に運ぶ。ヒラメも豆も一つの球体となって、舌を抱きしめる。

その瞬間、涙が出そうになった。

慈しみ深い味わいに、心が揺れたのか。今まで知っていた両者の真に触れたせいなのか。それはわからない。
ただ言えることは、もし僕が一人で食べていたら、とめどなく涙を流していただろうということだ。