「これが、フランスでの修業時代、日本に帰って自分がシェフになったあかつきには絶対に出そうと思っていた僕のスペシャリテです」

真顔でそう言いつつ、横田悠一シェフが堂々とカウンターに置いたのは、中川一辺陶氏の手になる見事な信楽の土鍋。蓋をあければ、胸すくような甘やかな香りが立ち込める。芳醇でありながら、新米ならではのどこか透明感のある香りが食欲をそそる。日本人で良かったと思わせる一瞬だ。

 

が、しかし……

ここはフランス料理店(のはず)である。

 

確かに最近のフランス料理店では、ご飯もの”を見かけるケースは増えてきた。恵比寿「Umi」のアミューズは、白粥が定番だし、目黒「セラフェ」には“タルタルのひつまぶし”がコースの〆に登場するetc.“フレンチでご飯”の免疫力もだいぶ付いてきてはいたのだが、ここまで、ストレートなご飯の提供の仕方には、思わず言葉を失った。

スペシャリテの、おかかご飯と卵かけご飯

 

しかし、 臆面もなく横田シェフは、話を続ける。

「実家が埼玉の農家で、小さい時から自家栽培の野菜や米を食べて育ちました。今でも、実家の米が僕とっては一番旨い。フランスで異国の料理を学ぶ中、至極単純に(ご飯を)自分のレストランで出したいと思うようになりました。フランスから輸入したフォアグラを使うより、日本人が日本で料理を作るなら、日本にある身近にあるものを使う方が自然でしょう」

 

料理の世界に入ったのは24歳と、料理人としては遅めのスタートを切った横田シェフ。26歳に渡仏し、今年の4月に帰国するまでの7年間、フランスで学んだこと、感じたこと。それは、技術的なことはもちろんだが、何よりもその自由な発想に刺激を受け、自国のものを大切にし、食材も自分たちの周りのものを優先するフランス人の考え方に共鳴したのだそうだ。

「彼らは、古いものを大切に考え、文化として残そうとしている。料理にしても、モダンフレンチがある一方で、エスコフィエ的なクラシックなものも、ちゃんと残っているんです」

 

そんな横田シェフの思考回路からすれば、米を出すことになんの抵抗も違和感もなかったのだろう。米は、手刈り天日干しのひとめぼれ。これを、横田シェフ自ら汲みに行く、埼玉は寄居町風布川の日本水(やまとみず)で炊き上げる。昭和の名水選にも選ばれている軟水だ。

土鍋でふっくらと炊き上げたご飯

 

ふっくら炊き上がったご飯は、卵かけご飯かおかかご飯のどちらかを選ぶシステム。放し飼いで育った健康な鶏が産む新潟オークリッチの卵を使う卵かけご飯もいいが、目の前でかいたばかりの鰹節をかけて頂くおかかご飯も捨てがたい。醤油も川越のはつかり醤油と、とことん地元に肩入れしたスペシャリテだ。

鰹節は目の前で横田シェフがかいてくれる

 

米ばかりではない。岩手「石黒農場」のホロホロ鳥に茨城「塚原牧場」の梅豚、そして魚介は、三浦の三崎港や伊東からと日本の食材に徹底する中、特筆すべきは野菜だろう。

在来種野菜

 

「日本各地で育まれてきた自家採種の野菜、“在来種野菜”を中心に扱って行きたいと思っています」

 

この言葉に、日本の食材に対するブレのない横田シェフの強い意志がうかがえる。現在、扱っている在来種野菜は、岐阜のアキシマササゲや鹿児島の人参芋、信州のボタンコショウ等々約30種ほど。

茄子のカネロニ

 

写真の“茄子のカネロニ”もその一つで、茄子は岐阜の国府茄子。縦に薄切りした茄子で、焼き茄子のピュレとチーズを巻き、さらにパルミジャーノをふりかけ、グラチネしたものだ。

 

これからの季節、長野の綿内れんこんを使った一品も登場予定とか。日本には110種もあるという全国各地のご当地大根もどんな料理になって登場するのか楽しみだ。

カツオとおおまさりとカカオ

海老 グリーンカレー

 

一見、生チョコのような前菜の“カツオとおおまさりとカカオ”レモングラスやバイマックルーのエキゾチック香りが海老の甘みに絡みあう“海老 グリーンカレー”など仕立てはシンプルながら、組み合わせ方はかなり斬新。

 

素材感を生かしつつ、食べさせ方で意表をつく。フレンチの枠を飛び越えた遊び心いっぱいのコースを楽しみたい。

店内の様子

 

取材・文/森脇慶子

撮影/飯貝拓司