【森脇慶子のココに注目】「サンプリシテ」

フランス料理といえば、肉!が常套だったのは、今はもう昔の話。軽くておしゃれなモダンフレンチ(あるいはイノベーティブ)が主流の昨今にあっては、魅力的な魚料理を楽しませてくれる店もグッと増えてきた。とはいえ、魚介だけに特化しているフランス料理店はそう多くない。私の記憶するところでは、元「あ・た・ごおる」こと現在の「ヌキテパ」、代官山「アビス」、そして同じく代官山「サンプリシテ」ぐらいだろうか。

これらの中でもとりわけ意表を突かれるのが、今年7月に同じ代官山で移転、リスタートした「サンプリシテ」だ。2018年、代官山にて独立を果たした相原薫シェフは1974年生まれの50歳。往年の名店「ラ・マーレ・ド・チャヤ」で料理人としてのキャリアをスタート。その後渡仏し、3年間の修業後、2003年に帰国。銀座「レカン」のスーシェフに就いた後、広尾「レヴェランス」、荻窪「ヴァリノール」の料理長を経て独立を果たしたベテランだ。

相原薫シェフ

「荻窪の『ヴァリノール』の後半頃から、魚介料理の面白さに引かれはじめたんです」と語る相原シェフ。たまたまお客様に出したつぶ貝の料理が予想外に好評で、次第に魚料理に手応えを感じはじめていったのだとか。代官山で独立してからは、さらに魚にシフトするようになり、熟成にもチャレンジ。そう、「サンプリシテ」のコンセプトは、まさに“熟成魚”なのだ。

「最初の頃は、日本料理店や寿司屋にも度々行きました。料理を真似するという訳ではなく、魚をどう扱っているのかや寝かせ方などを見たいと思って。あぁ、こんなふうにして寿司飯と合わせているんだな、等々いろいろ勉強になりました」と相原シェフ。魚について知れば知るほど魚愛は強くなり、それと同時に本格的に熟成に取り組みたいという思いも強まる一方。ならば、きちんとした設備を設置したいと今回の移転を決意したそうだ。

直線のカウンターがメインだった前店と変わり、今回は緩やかなカーブを描くカウンターがメインに

同じ代官山でも、今度の店は駅から徒歩3分程度と以前よりもグッと駅近に。しかも、ビルの1階。扉を開ければ、開放感あふれる空間が目の前に現れる。フロアより数段高くなったカウンター席は緩やかな円形を描く劇場型。ドラマチックなシチュエーションに自ずと高揚感が高まっていく。

そのカウンターの向こうに、念願のビーフエイジング用の熟成庫が鎮座ましましている。しかし、そこに吊り下げられているのは、肉ではなくサワラやカジキ、ハタといった魚介類ばかり。

ビーフエイジング用の熟成庫に吊り下げられているのは、魚介!

「これがマグロのブレザオラで、こっちは梶木のベーコン。これはサワラの生ハムです」。目を輝かせ、プレートにのせた魚介を前に説明してくれる相原シェフ。なんとシャルキュトリーを魚で仕立てているのだ。ブレザオラは本来、牛肉を塩漬けして作る生ハムのことだが、それを相原シェフは本マグロでアレンジしているのだ。ちなみに、熟成に向いているのは、キンメダイやブリといった脂がのっている大型の魚なのだそう。

客席ではカット前の状態のシャルキュトリを見ることができる

取材当日、コースを飾った「海シャルキュトリ」は、次のような内容となっている。

【オリーブ/海苔、生ハム/カラスミ、ソシソンセック/プレザオラ、白海老ソブラサーダ/フロマージュ ド テット、熟成鰯/自家製アンチョビ、キャビアサブレブルトン、玉手箱】

「海シャルキュトリ」

上記のソシソンセックとはソーセージのことで、ここではマグロの赤身とトロを使用。魚とはいえ、じっくり熟成させることでまるで肉のようなテイストとなっている。目から鱗のおいしさだ。

写真手前がサワラの生ハム

そして、サワラの食感はまさに魚の生ハム。水分を程よく抜くことで淡いうまみが凝縮され、じんわりと広がる余韻が滋味深い。また、ソブラサーダは本来ソフトサラミのことだが、相原シェフは、白エビを7日間熟成させ大葉で巻いて提供している。

海シャルキュトリはどれも魚のうまみが凝縮されている

コースは、このあと「セルベルドカニュ スーナ メカジキ」(セルベルドカニュとは、フロマージュブランと生クリームを混ぜ、ニンニクとハーブを加えたリヨンの郷土料理。スーナは海藻の一種)、イカ墨を使った「墨ブーダンノワール」、日々使う魚介のアラをたっぷり使った「スープ・ド・ポワソン」、熟成が進んだサワラの生ハムを用いたオリジナルの「鰆のシーザーサラダ」、「舞鶴 黒鮑」と続いて、メインの「五島列島林さんのスジアラ」の登場となる。メニューからもおわかりのように、魚介満載!

「鰆のシーザーサラダ」

仕入れは、豊洲の他、愛媛のカリスマ漁師藤本さんや五島列島の林さん、函館の小西鮮魚店など全国5~6箇所から取り寄せているそうだ。

取材日には届いたばかりのキイメダイも

「今日のスジアラは約6kg。シャルキュトリの魚は、だいたい3週間〜1カ月くらい熟成させますが、これは4日目。熟成させるというよりも、水分を抜くイメージですね」と相原シェフ。

「五島列島林さんのスジアラ」

皮目を炭火で炙って軽く火を入れたスジアラは、どこか肉を思わせるような適度な弾力と噛み応えに思わず目を見張る。ごまだれ風のソースとじゃがいものエスプーマが魚のうまみを助長する。“簡素な、澱みの無さ”という意味を持ちあわせる店名に似つかわしい一皿だろう。

「すじ青のり ココナッツ」

最後のデザートにも、海の香りをプラス。ココナッツのソルベの上からかかる濃緑の粉は抹茶かと思いきや、なんとすじ青のりのパウダー。トッピングのチュイールにもすじ青のりを用いている。

魚づくしのコースは全11~13品ほどで23,100円。料理に合わせ、6~7杯が出るペアリングもあり、こちらは14,000円。

※価格はすべて税込、サービス料別

撮影:外山温子

文:森脇慶子、食べログマガジン編集部