【森脇慶子のココに注目】「AVIS de VIN FORT (アヴィ ド ヴァン フォール)」

青山通りの裏道に、2024年10月16日に誕生した「アヴィ ド ヴァン フォール」

「アヴィド ヴァン フォール」。ちょっと舌を噛みそうな店名を直訳すれば“強風で船出禁止”の意味なのだとか。「うちが取り扱っているワイナリーの一つ『カトリーヌ・エ・ピエール・ブルトン』のワイン名が店名の由来。強風で海が荒れているから、ワインを飲むしかないね!と漁師たちが飲む言い訳にしていた造語なんですよ」。そう説明してくれたのは、マネージャーソムリエの田村理宏さん。ここ「アヴィ ド ヴァン フォール」は、キッコーマン株式会社が運営するワイン輸入会社「テラヴェール」直営のワインレストラン。

ワイン輸入会社直営のワインレストラン

店を任された田村さんは、あの銀座「レカン」をはじめ青山「アクアパッツァ」、自由が丘「mondo」とフレンチやイタリアンの名店でソムリエを務めてきたベテランだ。その田村さんが続けてこう語る。「コンセプトは、生産者のダイニング。ワイナリーの食卓に招かれたようなリラックスした空間で、気取らずにワイワイ言いながらワインと料理を楽しんでもらえる。そんな店にしていきたいですね」との言葉通り、木の風合いを生かした店内は、温かみ溢れるオープンキッチン。ターブルドットを思わせる大テーブルが和やかな趣を醸し出している。

アットホームな雰囲気の店内

どこかアットホームな店内の雰囲気同様、料理も飾り気がなく、親しみやすい。厨房を預かるのは、イタリアン担当の瀧本貴士シェフとフレンチ担当の井原摩耶シェフのお二人。

「とんがった料理は、なるべく避けるようにしています。料理の構成を頭で考えながら食べるお皿ではなく、胃袋で直感的にうまいと感じられる料理。そして、あえてひと味抑えて、ワインと合わせた時に完成する——。そんな味わいを心がけています」 と語る瀧本シェフは20歳で渡伊。ピエモンテで修業後、帰国してからは都内数店のシェフとして腕を振るい、同店のシェフに。一方、井原シェフは20代で渡仏。ロワール地方に滞在した折、やむなく始めた自炊生活をきっかけに、現地の食の豊かさに触れ料理に開眼。帰国後「AUX BACCHANALES」や駒沢のビストロ「コンフル」で研鑽を積んだ経歴の持ち主だ。

写真左から、フレンチ担当の井原摩耶シェフ、マネージャー・ソムリエの田村理宏さん、イタリアン担当の瀧本貴士シェフ

メニューはすべてアラカルト。Tapas、Appetizer、Main dishe、Pastaの各項目に分かれており「各々自由に楽しんでいただければ良いですが、2人ならタパス2品、前菜、メイン、パスタ各1品ずつぐらいで丁度いいかな、と思います」と田村さん。アラカルトゆえペアリングも無し。とはいえ、料理に合うワインを尋ねれば、当意即妙におすすめを教えてくれるはずだ。そのメニューも、フレンチあり、イタリアンあり、時には蟹クリームコロッケなどの洋食も登場し自由自在。肩肘張らずに過ごせるのもうれしい限りだ。

店内のセラーの様子

あれやこれやと迷った揚げ句(これもアラカルトの楽しさだが)、今回選んだのは次の3品。前菜には井原シェフ渾身の「鴨のパテ・ド・カンパーニュ」2,200円をセレクト。パスタは、旬の食材を盛り込んだ「ヤリイカと菜花のアーリオ・オーリオ」3,000円、そしてメインは「短角牛のブラザート」3,500円というラインアップだ。1皿のボリュームは、2人分が目安。料理によっては半分が可能なものもあるので、1人の際は相談してみるといいだろう。

「鴨のパテ・ド・カンパーニュ」

前菜は、常時4~5品をそろえているそうだが、パテ・ド・カンパーニュは定番の一品。「鴨が豚になったり、秋には栗と無花果を入れて季節感を出したりと、その時々で内容を変えてはいますが、パテはずっと作り続けていきたいと思っています」と井原シェフ。というのも、この“パテ・ド・カンパーニュ”は、フランスの伝統料理であると共に、フレンチの基礎的な技術すべてが必要とされる一品ゆえ。井原シェフ曰く「料理人の数だけレシピがあると言ってもいいほど奥が深い。食材選び、配合、火入れ等々すべてにわたって気の抜けない料理です」とのこと。

紫キャベツのマリネと葡萄果汁のマスタードの酸味がパテ・ド・カンパーニュと好相性

今回、選んだ肉は鴨肉。そこに鴨のレバーと豚もも肉を混ぜ、オレンジの皮のコンフィを加えて香りと味わいの広がりを見せている。鴨にオレンジを合わせたのは、おなじみのフレンチの一皿「鴨のオレンジソース煮」にヒントを得てのこと。更に食感のアクセントとしてピスタチオをプラスしている。つけ合わせているのは、紫キャベツのマリネと葡萄果汁のマスタード。この一品に合わせて田村さんが選んだワインは、アルザスのワイン「シャスラ・ウォルハグ 2020」1,200円(グラス)。果実味があり、可愛らしいふくよかさのあるワインが鴨のコクを包み込んでくれそうだ。

「ヤリイカと菜花のアーリオ・オーリオ」

続いてのパスタとブラザードは瀧本シェフの担当。パスタは、季節感を意識したというだけに、皿を彩る菜の花の緑が春の訪れを感じさせるよう。そのほろ苦さにカラスミの塩味がメリハリをつけ、飽きのこないおいしさに仕上がっている。

菜の花のほろ苦さが一足早く春の訪れを感じさせてくれる一皿

アーリオオーリオ仕立てとはいえ、あまりにんにくの風味を前面に押し出さないのが、瀧本シェフの流儀。曰く「(にんにくは)みじん切りにせず、半割りにしたものを低温の油でゆっくりと10分ぐらい熱して取り出し、香りだけ油に移すようにしています」とのこと。この一皿に合わせるなら、ロワール地方の自然派ドメーヌ「カトリーヌ・エ・ピエール・ブルトン」の「エポール・ジュテ・ヴーヴレイ・セック 2020」1,300円(グラス)がおすすめだとか。「菜の花のほのかな苦みを優しく包むイメージで選びました」という田村さんの言葉通り、フルーティな味わいがビアンコに仕立てたパスタと軽やかにマッチしている。

「短角牛のブラザート」

メインの“ブラザート“とは、肉の赤ワイン煮込みのこと。イタリア・ピエモンテ地方の郷土料理で、いわばイタリア版シチューといったところだろうか。牛や鹿を煮込むことが多いそうだが、瀧本シェフは、短角牛のスネ肉を使用。見た目は至ってそっけないが、出来上がるまでの工程には手間と時間がかかっている。

手間暇かけて作られるブラザートは、ナイフを入れれば簡単にほぐれる軟らかさ

まず、スネ肉は綺麗に掃除した後、香味野菜やローリエ、ローズマリーにジュニパーベリーなどと共に赤ワインに漬け込むこと2日間。肉に味をじんわりと染み込ませたら取り出し、塩、胡椒して表面だけをさっと焼きつける。同様に野菜も取り出して肉とは別に炒め、漬け込んでおいた赤ワインと赤ワインビネガーで約5時間、じっくりと煮込んでいく。しっとりとほぐれるまで火が入れば完成だ。ちなみに、肉を漬けたワインは一度沸騰させ、アクをきれいに取り除いてから使用。こうした何気ない手間暇が、素朴ながらもクリアなおいしさを生み出しているのだろう。つけ合わせはポレンタと赤玉ねぎのアグロドルチェ。途中で味変を楽しませる趣向も心憎い。

写真左から「シャスラ・ウォルハグ 2020」「ランゲ・ロッソ 2022」「エポール・ジュテ・ヴーヴレイ・セック 2020」

どっしりとしているようで、後口は思いの外軽妙なこのブラザードには、北イタリア・ピエモンテの赤ワイン「ランゲ・ロッソ 2022」900円(グラス)をチョイス。果実味のあるミディアムボディで、どんな料理を合わせてもフィットする万能カジュアルワインだ。ところで、グラスワインは、常時赤白各種3品に泡系1種ほど。セラーには、フランス、イタリア、スペイン、ジョージア、日本を中心に約2,500種がそろっている。

「紅玉リンゴの薄焼きパイ ジャスミンミルクアイス添え」

ワインが推しとはいえ、デザートは別腹という甘党のためにスイーツも用意。井原シェフのおすすめは「紅玉リンゴの薄焼きパイ ジャスミンミルクアイス添え」1,500円。「本当はタルト・タタンを作りたかったのですが、食後にはちょっと重いかなと思って、薄くスライスしたりんごを並べただけのシンプルなスタイルにしました」とのこと。リンゴと生地の間には杏ジャムを忍ばせて甘酸っぱさをプラス、ジャスミンミルクアイスの優しい口溶けと共に味わえば、満腹でもペロリと食べられそうだ。

店内は広々と開放的ながらも、どこか書斎のような雰囲気もあり、ワインと料理を楽しむのにぴったりな空間

レストランとしてもワインバーとしても、1人でも大勢でも、もちろんカップルでも。シチュエーションに応じてフレキシブルに使いこなせる自由度に魅せられて、早くも人気を呼んでいる。

※価格はすべて税込、サービス料(10%)別、支払いはキャッシュレス決済のみ

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撮影:外山温子

文:森脇慶子、食べログマガジン編集部