ストーリーを支えるだけの技術があるレストランが評価される時代へ

発表会では、受賞店が手掛けたこの日だけの特別メニューが来場者に振る舞われた。前菜には「カエンネ」の天龍鮎(稚鮎)を使ったクロスティーニ、「モヴェズエルヴ」の沖縄の野草、「割烹 新多久」のイノシシの五宝蒸し、「海老亭別館」の焼アスパラガス黄身酢がけ 黒部山羊チーズを添えてが登場。

「松阪私房菜きた川」の松阪牛フィレ肉の四川山椒焼き 五年熟成底引き溜まり醤油のソース

メインには「松阪私房菜きた川」の松阪牛フィレ肉の四川山椒焼き 五年熟成底引き溜まり醤油のソース、デザートには「エレゾ エスプリ」のブーダン・エキゾチックが供され、来場者を魅了した。

「エレゾ エスプリ」のブーダン・エキゾチック 撮影:TAKAO OHTA

そして今年も、3人の選考員によるトークセッションが行われた。

「地方のレストランで食事をすることで、その土地の文化を知ったり、体験したり、地域の人のライフスタイルを感じられるようになったのはすごいこと。これは東京ではできない体験で僕自身もすごく勉強になっているし、海外の人にとっても、日本の人にとっても意義のあることだと思っています」と本田氏は振り返る。

それに対し浜田氏は「地域のストーリーや食材を生かすことが、このリストを始めてからの4年で定着したと思いました。ストーリーを語るだけの時代は終わりつつあり、ストーリーを支えるだけの技術が評価される時代へ変わってきたと感じます」とレストランシーンの変化も感じたと話す。

(写真左から)辻芳樹氏、本田直之氏、浜田岳文氏

辻氏からこれからの「Destination Restaurants」についてどういうことが求められていくか尋ねられると「地域の料理人は地元の生産者の食材をただ使うだけでなく、生産者に働きかけてリクエストしたり、一般的に流通しない魚やジビエを使うなど、受け身ではなく、能動的に食材を開拓していくことが今後大事になっていくのではないか」と浜田氏は答えた。

また、世界のレストランシーンにおける日本のレストランシーンについて辻氏が尋ねると「世界中のレストランを見ていると、日本に何らかのインフルエンスを感じているシェフが多いので、日本のシェフたちは自分たちがやっていることを信じてやればいいのではないかと思います。そうすれば世界をリードできる気がします」と本田氏は返した。

浜田氏は「日本のレストランに行きたいと語る世界的な有名シェフは多く、日本が注目されているのは間違いありません。一方で日本にいるとお客様の大半が日本人で、味覚のストライクゾーンが似ているため、野球でいうフォームが小さくなる懸念がある。だからこそ日本のシェフたちにも気分転換に、大きなフォームで剛速球を投げてくるスペイン、イタリア、フランスのレストランにも足を運んでほしいとも思っています。もっと自由でいいと感じられると思います」と締めくくった。

このほか辻氏は参加していたシェフたちにも質問を投げかけ、能登半島地震のこと、シェフたちのつながりについて、おいしさを追求することと芸術的な表現を両立させることの工夫、世界的な食の潮流と日本の食シーンについてなど、さまざまな議題が飛び交った。

【特別インタビュー】能登の飲食店メンバーが集まる食堂「メブキ」をオープン予定の「ラトリエ ドゥ ノト」池端シェフ


授賞式後に「ラトリエ ドゥ ノト」の池端シェフに特別インタビューを敢行。令和6年能登半島地震で、築100年の輪島塗の塗師の家を改装した2階建てのレストランが損壊してしまった被災者でありながら、地域の人たちに炊き出しを行うなど、被災者の支援に尽力したシェフだ。

輪島の現在の状況について「街は被害で損壊したままです。変わらない街の風景を見続けていて、先月うつ状態になってしまったこともありました」といまだ街も人々の心情も、大変な状況が続いていると池端シェフは話す。

池端シェフ

しかし「今でも町の人に会うと、炊き出しに対して感謝の言葉をたくさんいただくんですよね。誰かの希望になったり、誰かのために料理があって、喜んでくれる人がいて、料理人で良かったと思います」と今は前を向いているという。

「ラトリエ ドゥ ノト」の再開については「僕がこれまでやっていたレストランは、幸せの上に成り立っていたものだと震災を機に実感しました。生産者など一次産業の方が最低限復活しないと、僕らもレストランはできないのでまずはそこに注力したいですね」と話す。現在、池端シェフ自身も農業に従事しているほか、生産者支援のクラウドファンディングも手伝っている。

また「今は輪島までの交通も限られているため、宿を備えないとなかなかレストランに足を運んでもらうのが難しいのが現状です。牧場を手掛けているというのもありますので、そこの近くでオーベルジュができたらいいなと考えています」と構想を教えてくれた。

「ラトリエ ドゥ ノト」の一皿
「ラトリエ ドゥ ノト」の一皿   写真:お店から

さらに池端シェフは支援金をもとに、輪島の海沿いに堅牢な建物を購入。ここで炊き出しにも参加してもらった輪島の飲食店メンバーたちと一緒に、定食や居酒屋、割烹、ラーメン屋の顔を持つ食堂「メブキ」を7月上旬にオープン予定だという。

「街に飲食店の明かりが灯るだけで希望が持てたりしますよね。そういった場を作るのが大事だと思っていて。ワイワイ集まり楽しく過ごすことが、被災者の心のケアにもつながると思っています」

被災者でありながら被災者を支え、そんな被災者の方や支援してくれる方々から元気をもらっているという池端シェフ。地方のレストランシーンを応援し、実際に足を運ぶことは、先の震災復興の一助になるはずだ。

写真:外山温子

文:中森りほ、食べログマガジン編集部