〈福岡の魚〉

予約制で一斉スタート、おまかせコースで味わう高級寿司もいいけれど。今回は、“ちょっと良いことがあった日や仕事帰りにも、フラッと立ち寄りサクッとつまめる”。そんな良心的でうまい!「町の寿司屋」をご紹介。身近で、出張先や旅先の町で、居心地の良い寿司屋を探しませんか?

教えてくれたのは

森 絵里花
福岡生まれ博多湾育ち。地元タウン誌やグルメ情報誌、料理専門誌、WEBマガジンなどを中心に活動。ランチ、カフェ、星付き店から路地裏の酒場まで、オールマイティに楽しむ呑み食い道楽 兼 グルメライター。

江戸前? 博多前? 違いは何?

日本における「寿司」の始まりは奈良時代にまで遡り、鎌倉〜室町時代には「箱寿司」や「押し寿司」といった「関西寿司」に繋がる寿司が誕生。その後、江戸時代に現在のような「握り寿司」が江戸で生まれたと言われています。
「江戸の前=東京湾(江戸湊)」で獲れた魚をネタにするから「江戸前寿司」。冷蔵庫もなく、流通も発展していない当時は、生魚が日持ちするように酢や塩で締める、煮る、タレに漬けるといった下処理の技術が発展しました。現在は、こうした“ネタへの仕事”や提供様式の違いで「江戸前」とその他の寿司が区別されているようです。

柴Ken
“江戸前鮨三大開祖”の店「與兵衞壽司」の流れを汲む、江戸前寿司の名店「㐂寿司」の酢締めしたコハダ   出典:柴Kenさん

対する「博多前」は、博多湾や玄界灘で獲れたネタを中心に“コリップリッ”の食感が醍醐味の新鮮な刺身を握る寿司。九州各地の魚を使うので、“九州前”と呼ばれることも。博多前に限りませんが、江戸前寿司のように煮切り醤油は塗らず、客自身で醤油を付けて味わう点も異なります。

違いを極端に言うと、活きアワビや刺身の鯛を握るのが「博多前」。蒸しアワビや寝かせた鯛を握るのが「江戸前」

「赤酢」を使うなど、甘みの少ないシャリは「江戸前」。一方、関西や九州などの西日本では甘みのある「白シャリ」が根付いているという違いも。握り主体で提供するのが「江戸前」。酒のつまみや料理を出し、最後に握りを少し出す寿司割烹スタイルを「博多前」とする捉え方もあります。

訪れたのは、かつての「博多の花街」にある老舗

大きな看板を据えた迫力ある店構え

前置きが長くなりましたが、今回訪れたのは「博多前の寿司ならココ!」と、地元民が推す老舗「福寿司」。近年は福岡でも江戸前スタイルの店が増えていますが、こちらは創業1964(昭和39)年から変わらぬ博多前の流儀、質を貫き続けています。

正面入口から向かって左側にある出入口。建て替え前の入口をそのまま残しており、老舗の風格が漂う

店を構える地は、福岡市の中心部・天神や博多にも程近い「清川」。かつては「新柳町」呼ばれ「博多の花街」として栄えた旧歓楽街です。1910(明治43)年から、特殊飲食店街(俗にいう赤線)が廃止された1958(昭和33)年までは遊郭が立ち並んだ歴史のある街。同店が開店した当時は寿司店だけでも7、8軒あり、今の倍以上の飲食店やキャバレーが軒を連ね賑わっていたのだとか。

カウンター席、4人掛けのテーブル席に加え、奥には4部屋の個室もあり

店内には磨かれたカウンターとネタを並べるショーケースが据えられ、付け台にはきっちりと寿司ゲタがセットされています。昭和の粋な寿司屋の空気感、気分が高揚しますよね。

客とテンポよく声を交わしながら、軽快に寿司を握る大将の長尾さん

“回らないカウンター寿司”と言うと少し身構えてしまいますが、その心配はなし。「いらっしゃい! 気軽に食べていってね」と気さくに迎えてくれたのは、二代目の店主・長尾博昭さん。先代である父に付いて寿司を学び、この道34年。気立てのいい女将さんと共に、暖簾を守り続けています。