白濁の向こう側に辿り着きました

厨房に巨大な羽釜が据えられている。三浦さんが混ぜているのが、濃度最強の1番釜。ここから「鷲掴みとんこつ」が繰り出される

アナワシ店主の三浦さんは、1984年生まれ宮崎県小林市出身。2013年に、自身の豚骨ラーメン店「天頂(てっぺん)」を出し、2018年、福岡県八女市に移転。屋号も改めました。三浦さんの出身地である宮崎は、九州でも“超濃厚”の名店が揃っているエリア。「風来軒」「拉麺男」(ともに宮崎市)、「やけっぱち」(日南市)など、特濃豚骨の実力派が揃っています。宮崎出身の三浦さんもまた「骨味をガツン!と感じるラーメン」に美学を見いだした一人。

豚骨を愛し、豚骨に愛された男・三浦さん

「十代でアルバイトからラーメン店に入り腕を磨いてきました。脂が多かったり、塩分が強かったりではなく、豚骨の旨みが伝わる一杯を長く追求。今の形に辿り着いたのは、より濃厚にしたいということでなはく、シンプルに“豚骨の味を感じてもらうため”を目指した結果として骨の量が増え、濃度もどんどん上がっていった感じですね」(三浦さん)

Tシャツに書かれているのは「宮崎から福岡に豚骨馬鹿がやってきた!! 」。三浦さんは故郷・宮崎愛にも満ちた人

故郷である宮崎から縁もゆかりもなかった福岡県八女市に移転した理由として、YouTubeでは「この田舎に来たのは他のラーメン店へのハンデですよ!」と威勢よく語っていますが、「福岡、熊本、そして豚骨の聖地・久留米からも近く、それぞれのラーメン好きを集めたかった」という、彼のまた別の思いも補足しておきます。どちらにせよ、自分のラーメンへの絶対的な自信の表れ。

生骨を足しながら煮込み続けることで、深い茶濁スープになる

スープの材料は、豚骨、水、醤油のみ。 余分な調味料、ラード・背脂も一切加えていません。

追い骨を重ね、濃度を極限まで高めた一杯は、豚骨スープというより“骨煮汁”と言ったドロリとした粘度。

やばすぎる! 豚骨濃度の高さ

ラーメンのスープは「濃度計」を使い、溶け込んでいる素材の量をブリックス濃度(%)という形で数値化することができます(数値が高い方が濃い)。一般的な博多ラーメンが8%ほどなのに対し、このスープは30%超。調味料と合わさる前(釜の中のスープ)を計る“出汁濃度”でこの高さを示すことからも、いかに大量の豚骨を使っているかが分かります。

「白濁の向こう側に辿り着きました」と胸を張る三浦さん。

麺がスープを持ち上げるようなとろみと重厚感

スープは白濁を通り越し、醤油と合わさる前から深い“茶濁”に。脂ではなく豚骨の量の多さに由来する強いとろみがあります。固体の一歩手前!?とも言うべきポタージュ感。

生骨を投入し続ける“三浦流逆呼び戻し”

豚骨の部位はゲンコツ(写真)と背骨。ハンマーで割り羽釜に投入

厨房に並ぶ3つの羽釜の中でも一番深い茶色になり、とろみをまといコポリ、コポリと温泉地獄のように煮込まれているのが濃度最強の「1番釜」。用いている手法は複数の羽釜のスープの状態を見極めながらブレンドする“呼び戻し”ですが、三浦流は骨の入れ方、火力に至るまで一般的なそれとは異なります。

三浦さんはこれを“逆呼び戻し”と呼んでいる。ちなみにゲンコツの由来は関節部分が「拳(ゲンコツ)」に似ていることから

下処理もしない生の骨をハンマーで砕きながら、本釜へ次々と投入。普通は、煮込み時間の若い釜に骨を足し、段階的に濃度を上げた複数の釜のスープで調整するもの。丼に注ぐ用の本釜(売り釜)に、大量の生骨を追い骨していくのはあまり見ない光景です。

ラーメン1杯に豚骨1kg! 火力、ガス量もハンパない

「発熱量3万5000kcalの強力なバーナーで臭みやエグミを一気に飛ばします。豚骨の部位はゲンコツ、背骨を使い、下処理、アク抜きはあえて行いません。その方が豚骨の旨みを余すところなく引き出せますから。追い骨を続けることで濃度が積み上がっていきます。1杯あたり1kgの豚骨が入る計算ですね」(三浦さん)

実は豚骨スープ、中に溶け込んでいる骨の量で重さが違う。濃度の異なる1番釜と2番釜をひしゃくですくって試したところ、追い骨をより施した前者がズシリときた

豚骨の量もそうですが、強力なバーナーを用いるため、使用するガスの量も突き抜けています。開店初日は、ガス業者が想定をはるかに上回る使用量であったため、慌ててガスボンベを補充したそう。追い骨をしながら常に炊き続ける。材料費、ガス代がかさもうとも、三浦さんは一切妥協せずこの製法を貫いています。

麺も自家製。寝る間を惜しんで仕込みをする

三浦さんは麺も自家製にこだわっています。宮崎から八女市に移転してから製麺機を導入。現在は「吟麦(ぎんむぎ)」という銘柄のブレンド小麦を使い製麺。博多ラーメンより太めの麺で、ほんのりとした粒感からも分かるように全粒粉を混ぜ込んであるため小麦の香り豊か。

閉店した後、さらに定休日の月曜もスープの火入れや製麺を三浦さん自ら行っています。冒頭でも紹介しましたが、店に泊まり込み、シャワーも外の水道で。長年三浦さんを見てきましたが、本当に豚骨ラーメンに取り憑かれていますね。常に、自身のラーメンと対話しながら、ストイックに向き合っています。

激うまラーメンに胃袋を“鷲掴み”にされ

さあ、「鷲掴みとんこつ」を啜りまくりましょう。
ひと口目から打ちのめされる圧倒的な重厚感。麺にねっとりと絡みつく粘度大のスープ。これだけ濃厚なのに臭みがないのは、段違いの火力を用いているから。さらに、目の細かい網で丁寧に濾し、骨粉の微粒子のみをスープ全体に舞わせているため、口ざわりなめらかなポタージュ豚骨に仕上がっています。いいアクセントになる刻み生タマネギ、フライドガーリックが名脇役。「うおー、濃い! ズバズバッ!! 」と至福の時間。

三浦さんはとにかく熱い男。ラーメンの話になると止まらない。会った時はもちろん、電話でも毎回1時間は話をするほど。「日本一のラーメン店になる!」と改めて意気込みを話してくれた

いかがでしたでしょうか。
繰り返しになりますが、アナワシはラーメンも店主も、ど変態(愛着を込めて)な店です。私は毎回「鷲掴みとんこつ」を頼みますが、「あまりに濃くて食べきれない」と言う人がいるのも事実。

あっさり「とんこつ」や、“鷲掴みとんこつ”と“とんこつ”をブレンドした「Wとんこつ」750円というラーメン(それでも一般的な豚骨ラーメンと比べると特濃ですが……)もあるので、メニューの選択肢として覚えておいてください。

※価格はすべて税込

※本記事は取材日(2021年11月18日)時点の情報をもとに作成しています。
※時節柄、営業時間やメニュー等の内容に変更が生じる可能性があるため、お店のSNSやホームページ等で事前にご確認をお願いします。
※外出される際は人混みの多い場所は避け、各自治体の情報をご参照の上、感染症対策を実施し十分にご留意ください。

文:上村敏行、食べログマガジン編集部 撮影:山辺 学