ハモの旬は夏か? 秋か?

「鱧と松茸の土瓶蒸し」は素材の力強さが魅力。

お椀は「鱧と松茸の土瓶蒸し」で、素材の力強さに負けないよう汁は気持ち濃い目にし、まろやかな味に仕上げるために味醂をプラスしている。一般に、ハモの旬は夏だと思われがちだが、夏の産卵でやせた後、食欲旺盛になって栄養を蓄えた秋のハモもまた格別で、松茸との相性もバッチリ。そう考えるとこの時期のハモの使用は、名残の食材か、それとも旬の食材か? そんなことを考えながら土瓶蒸しで喉をほぐすこのひと時は、まさに日本料理ならではの至福の時間である。

蓮根饅頭+煮穴子=“煮物”

「穴子と蓮根饅頭の餡かけ」。千住ネギの上には粉山椒をふり、木の芽を天盛りに。

煮物は、ちょっと趣向を凝らして「穴子と蓮根饅頭の餡かけ」を。穴子の下にある蓮根饅頭は、レンコンをすりおろして調味し、中に具材を入れて饅頭の形に整え、ふっくら蒸し上げた料理。レンコンは秋が旬のため、同店ではこの季節のコースに組み込み、具材も秋らしく銀杏を入れる。そこに、やはりふっくら炊き上げた煮穴子を組み合わせ、煮物に仕立てているのが工夫のしどころだ。レンコン同様、秋に甘みが増す千住ネギをのせて銀餡をかけ、上品にまとめている。

秋の恵みに感謝したくなる焼物

「甘鯛の鱗焼き 菊花蕪と丸十の檸檬煮を添えて」は丹波焼の器に盛る。

秋においしさが増す食材は、まだまだたくさんある。焼物の「甘鯛の鱗焼き 菊花蕪と丸十の檸檬煮を添えて」は、そんな秋らしさを巧みに表現した一品。アマダイは塩をまわしてから、高温の油をかけて鱗をカリッとさせており、さらに炭の煙で全体を包んで香りをつける。塩をするのは提供の30分前で、これより早いと旨みが出てしまうため、このタイミングの見極めが重要なのである。

同じく、秋に旨みが増す野菜の蕪とサツマイモは、それぞれ菊花蕪と檸檬煮に仕立ててあしらい、そこに素揚げにした稲穂を飾る。アマダイと蕪の組み合わせといえば、蕪蒸しが有名だが、同店はあえてそれぞれを単独で用い、その上で“主役”も“脇役”も器の上で一緒になって秋を盛り上げる。目で見て、舌で感じて秋の恵みに感謝する。そんな焼物だ。

肉料理は、いまや会席料理に欠かせない存在

「赤城牛ステーキと賀茂茄子 赤味噌のソース」。赤味噌のソースが、肉のおいしさを一段と高めている。

旬の逸品では「赤城牛ステーキと賀茂茄子 赤味噌のソース」が登場。赤城牛のモモ肉の中でも脂があまり多くないところを使用し、中はしっとりと、表面は香ばしく焼き上げた肉メニューである。そこに、素揚げして、だし、薄口醤油、味醂、唐辛子の地に漬け込み、提供前にさっと焼き上げた賀茂茄子を添え、スナップエンドウ、茶豆、無農薬人参の葉をあしらい、糸がきをちらす。

赤味噌のソースとワサビで味わってもらうのが、日本料理店らしい楽しませ方で、噛むほどに肉のジューシーな食感と、まろやかに仕上げた赤味噌のソースが一体化している。

会席料理は江戸時代に誕生したと言われる料理なので、もともと食材に肉を用いることはなかったが、現代ではもはや欠かせない食材となっている。時代とともに料理の定義も変化し、絶えず進化を遂げていく。

常連客のリクエストに応えて固定メニューに!

「梅と胡麻の鯛茶漬け 白菜 茄子の香の物」。まず、そのまま食べ、途中で調味だしをかけて、異なるおいしさを楽しむ。器は萩焼を使用。

いよいよ残すところ、あと2品。常連客が決まってリクエストをするため、いまやすっかり固定の食事メニューとなったのが鯛茶漬けだ。店主、水野さんの自慢の一品だが、何度も食べては飽きるだろうと思い、当初はイクラご飯などいろいろ変更していた。だが、予約の際に鯛茶漬けをリクエストする常連客があまりに多く、それならと固定メニューに据えたのである。

内容は「梅と胡麻の鯛茶漬け 白菜 茄子の香の物」で、胡麻ダレに白梅肉を合わせて味をシュッと引き締めており、上からかけるだしには緑茶を加えている。こうしたちょっとした味の工夫が常連客にはうれしく、同店に来たらこれを食べないと帰れない。そんな一品になっている。

2品出てくる甘味が地味にうれしい

「瑞稀(みずき)と自家製水饅頭」。最後の甘味まで、客をきっちり満足させるのが同店の流儀。

最後の甘味は「瑞稀(みずき)と自家製水饅頭」。瑞稀はメロン味で、夏に「香りのよいメロンを使って、何か和菓子が作れないか?」と思案し、生み出した甘味である。一方の自家製水饅頭は、こし餡を包んで仕上げており、初夏は抹茶餡、秋は栗餡と中の餡で季節感を演出している。甘味が2品出てくるところが、客にとっては地味にうれしいポイントだ。

“自己紹介的なコース”の意味を実感

店主の水野正樹さん。修業時代も含め、20年以上、酸いも甘いも嚙み分けて、銀座の街で活躍し続けている。

高級店がひしめく“食の街”銀座において、5,500円という手の届くリーズナブルな価格で、これだけ満足感の高い会席コースを提供できるのも、この街で20年以上、料理人生活を送ってきた水野さんの確かな眼力があってこそのもの。ちょっとした客のしぐさも見逃さず、満足感を読み取って、その積み重ねを反映させた料理が、「お昼の会席」なのである。

まさに同店の“自己紹介的なコース”であるこのメニューを体験すれば、もっと他のコースも味わってみたくなる。そして、気づけば何度も通ってしまう。「銀座 水野」には、そんな力強い魅力が間違いなくある。

※価格は税込


※本記事は取材日(2021年9月24日)時点の情報をもとに作成しています。


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取材・文:印束義則(grooo)
撮影:大鶴倫宣