大通りに面しているのに、“路地裏にたたずむ”店

「銀座 水野」の店主、水野正樹さんは、神奈川・横浜の料亭で6年間修業した後、東京・銀座の店に移り、約10年間研鑽を積んで独立。念願だった自らの店を構えた。開業の地も銀座を選択し、満足感の高い料理を提供して10年間名声を博してきたが、ビルの建て替えに伴い近場に移転。2021年6月5日に、現在地にて「銀座 水野」の第2章をスタートさせたのである。

外観は黒壁で覆い隠されており、店の存在感は意図的に消されている。

以前の店は、古いビルの2階にある目立たぬ店舗だったが、今度は大通りに面した路面店。どちらの方が人目につきやすいかと言えば、新しい店舗のほうである。それにもかかわらず、あえて黒壁で店舗を覆い隠し、他は中に入るための格子戸があるのみで、看板も何もない。そこが同店だということは、格子戸越しに中を覗いて、やっと表札で確認できる。そんな、店の存在感を意図的に消した店舗なのである。

黒壁の中は日本庭園風の造りに。雰囲気がガラリと変わるので、表の喧騒も忘れられる。

格子戸を開けて中へ入ると、日本庭園風にデザインされた通路が現われるので、飛石を伝って入口へと進む。頭上には腕木庇(うでぎひさし)が取りつけられており、そのたたずまいは、まるで路地裏に隠れた知る人ぞ知る店舗のよう。表の喧騒が入る前で遮断されることで、客の気持ちもいったんリセットされ、これから提供される料理に集中することができる。なかなか洒落た演出だ。

客席は、床を高くして空間を分けた4席のカウンター席と、3部屋の個室からなる。

1番人気は5,500円の「お昼の会席」

『お昼の会席』5,500円は同店の自己紹介的なコース料理。

「銀座 水野」の夜の献立は、14,300円、19,800円、27,500円、38,500円の4種の会席コースからなる(サービス料別途10%)。一方、昼は5,500円、8,800円、13,200円の3種の会席コースなので(サービス料込)、夜よりも利用しやすい。初めて訪れるなら、まずは昼の営業から攻めてみるのも一考だ。

中でも人気なのは5,500円の「お昼の会席」で、先附、季節の八寸、お椀、煮物、旬の逸品、焼物、鯛茶漬け、甘味の8品の料理で構成される。内容は季節や当日の仕入れ状況などで異なる。

おいしさがピークを迎える“旬”の食材はもちろん、その前後の“走り”と“名残”の食材も巧みに取り入れ、季節の移り変わりを楽しませてくれる。「お昼の会席」は「うちはこういう店ですよ!」といった自己紹介的なコースなので、まずはこのメニューを通して、同店の魅力に触れていこう。

きらびやかな先附に、思わず目を奪われる

「胡麻豆腐と湯葉の雲丹添え」。有田焼 龍峰窯の器づかいが、料理をさらに引き立てる。

まず先附は「胡麻豆腐と湯葉の雲丹添え」。これはのど越しのよい胡麻豆腐に、湯葉とウニを重ね盛りにし、八方だしを張ったもの。料理を引き立てる器づかい。そして、ワサビと穂紫蘇の色がそこに加わり、そのきらびやかさに思わず目を奪われてしまう。暦の上ではすっかり秋だが、まだ暑さが残る中で夏が旬のムラサキウニを用い、季節の移ろいを表現。濃厚なウニと、淡白な胡麻豆腐と湯葉の組み合わせが、実によく合う。

八寸は器づかいでも秋を表現!

季節の八寸は秋らしい盛りつけで、客の目を楽しませる。

続く季節の八寸は「春菊と菊花のおひたし」「蛸のやわらか煮」「秋刀魚の梅煮」「紫花豆の蜜煮」「南京の煮物」「石川小芋の味噌田楽」「カステラ玉子」「卵黄の味噌漬け」と、秋の味覚がぎっしり。

八寸の由来は、八寸四方の縁の低い木の盆を使用することから、そう呼ばれるようになったものだが、現代では料理人のセンスで柔軟に解釈されることも多く、その器づかいも進化している。同店では葉の形をした大理石の器を採用。秋の七草の一つである葛の葉を敷いた上に、豊穣の秋の食材を用いた料理を盛りつける。また、銀杏の葉を飾るなど、秋の訪れをさり気なく感じさせてくれる装飾も、なかなか心地よい。