教えてくれた人

小寺慶子

肉を糧に生きる肉食系ライターとして、さまざまなレストラン誌やカルチャー誌などに執筆。強靭な胃袋と持ち前の食いしん坊根性を武器に国内外の食べ歩きに励む。趣味は一人焼肉と肉旅(ミートリップ)、酒場で食べ物回文を考えること。「イカも好き、鱚もかい?」

【噂の新店】「La Maison Confortable

長らく、日本のフランス料理は“軽やか”であることが賛辞とされたが、ここ数年は、クラシカルな料理を提供するビストロ人気も再燃。昨年から今年のはじめにかけて上映された映画「グランメゾン・パリ」は、若い世代にもフランス料理の文化的価値や魅力を広めた。

食通であれば、日本のフランス料理がこの先どこへ向かうのか気になるところだが、その答えの一つを導きだす店が、麻布十番にオープン。仏語で“心地のよい場所”を意味する「La Maison Confortable」は、世界的に知られるフランス料理の巨匠、ピエール・ガニェール氏の薫陶を受けた料理人、赤坂洋介さんが紡ぐ美味とゆっくり向き合うことのできるレストランだ。今年1月に惜しまれつつ閉店した「ピエール・ガニェール 東京」で長く厨房を取り仕切り、多くのフランス料理愛好家を虜にしてきたスターシェフは、いま新天地で何を思うのか。

柔らかな光に包まれる白を基調とした空間。カウンター席は1人客にも好評

旅をするような心のときめきを、コース料理で表現

シンプルで上質な空間

真っ白なコックコートに身を包みエプロンをシュッと結ぶ姿は、思わず見惚れてしまうほど凛々しいオーラに包まれている。「都心だけれど、昔懐かしい下町のような雰囲気が共存しているところに引かれた」という赤坂シェフの麻布十番での“独立”は、フランス料理好きにとって今年最大のニュース。仰々しさとは正反対のシンプルで上質な空間は、シェフの飾らない人柄をそのまま反映しているような温かさにあふれ、訪れるゲストの心をなごませる。トチの木のカウンター席を設けたのは「1人でいらっしゃるお客様にもリラックスした時間を過ごしてほしい」という思いの表れ。美食を愛する誰にとっても“心地のよい”空間づくりを意識し、2名から4名まで利用可能な個室も設けた。

カウンター席のほかに、赤坂シェフがつくりたかったのが親密感のある個室

料理のコースはランチが11,000円〜、ディナーは22,000円〜、皿数が異なるコースを、それぞれ2種用意している。赤坂シェフの料理は色彩の美しさが印象的と言われることも多いが、それは「色は季節を表すもの」という、日本の文化を大切にするシェフらしさと美的感覚があればこそだ。27,500円のコースの最初に登場する6種のアミューズにも四季の営みがさりげなく、美しく盛りこまれており、一口ごとに心が弾むような驚きと発見をもたらす。このごろは季節の変わり目が曖昧になっているせいか、日常生活では見逃してしまう季節の瞬間を切り取ったような料理の数々に心が弾む。「フランス料理のコースが長いというのは事実(笑)。その時間を旅になぞらえて、料理を楽しんでいただける構成を考えています」というように、これから始まる“美味の旅”への期待に胸がふくらむ。

食材至上主義ではなく、料理との相性で素材を吟味

これまで極上の食材に触れてきたシェフだからこそ、自分の店では「その部分にあまりとらわれたくない」ときっぱり。日本の土壌や各地の郷土性を深く知り、生産者への敬意を持ち続けてきたからこそ「全国の食材から、そのときどきでよりよいものを」という言葉に説得力がある。食材があってこその料理であることは間違いないが、そこには決して“素材頼み”にしない料理人のプライドがある。一つの料理で複数の食材を合わせる意味は、味の補完や旨みの掛け合わせ、異なる食感の組み合わせ、彩りなどさまざまあるが、それらが無理なく融合しなければ、圧倒的な美味への到達はかなわない。ソテーしたタン元の上に手長えびのポワレをのせ、にんにくバターと赤ビーツのソースを合わせたものや、キジハタと豚耳、チョリソーを合わせた料理からも、そうしたシェフの哲学が感じられる。

「カウンターから直にお客様の反応を感じられるのがうれしいし、刺激になります」と赤坂シェフ

日本のシェフだからこそ実現可能なフランス料理を

赤坂シェフが立ち上げから参加し、14年間グランド・シェフを務めた「ピエール・ガニェール 東京」。ピエール氏の思想をくみ取り、料理に反映するまさに“右腕”というポジションだったが「自分の考えでやってみろと言われたときから、料理をすることがますます楽しくなりました。

ピエール・ガニェールの世界観を決して崩すことはなく、その上で自分の料理をどう表現するべきかという新しいテーマが生まれたんです。香りやテクスチャーを緻密に使いこなすなど日本の料理人が得意とすることもありますが、味の着地点は当然、フランス料理でなくてはいけない。口の中で食材やソースの味が弾けるようなインパクトと、味と香り、食感の一体感を両立した料理が信条です。自分で店を持とうと決めたのは、いまやらなければおそらく一生、その機会はないと思ったから。親しくしているシェフたちにも同じことを言ってもらえて、いまがそのタイミングなのかなと思ったんです」

オーナーシェフの赤坂洋介さん。2003年にパリのピエール・ガニェールに入店。2011年から「ピエール・ガニェール 東京」でエグゼクティブシェフを務める。2025年4月に自身の店をオープン

これまで自ら切り拓いてきた道を大仰に語るわけではなく、構えはどこまでも自然体。料理で結果を出していくという思いはこの先もずっと変わることなく、日本のフランス料理の歴史に、新しい“色”を重ねていくはずだ。