〈自然派ワインに恋して〉

シェフの料理とマリアージュするのは、自然派ワイン。そんなレストランが増えている。あの店ではどんなおいしい幸せ体験が待っているのだろう。ワインエキスパートの岡本のぞみさんが、自然派ワインに恋して生まれたお店のストーリーをひもといていく。

ナビゲーター

岡本のぞみ

ライター(verb所属)。日本ソムリエ協会認定ワインエキスパート、日本地ビール協会認定ビアテイスター/『東京カレンダー』などのフードメディアで執筆するほか、『東京ワインショップガイド』の運営や『男の隠れ家デジタル』の連載「東京の地ビールで乾杯」を担当。身近な街角にある、食とお酒の楽しさを文章で届けている。

手間ひま惜しまない一皿をカジュアルに

グルドボワの外観

東京・中目黒の東山エリアは、上品な住宅街の間にセンスのいい良店が点在する。この地で5年の間、愛されてきたカジュアルフレンチが「La gueule de bois(グルドボワ)」 だ。オーナーシェフの布山純志さんがめざしたのは2010年代にパリで流行っていた、雰囲気と値段はカジュアルなのに美食が楽しめる“ビストロノミー”というスタイル。「僕自身、2012年にフランスに渡って、そのスタイルに感動したのがきっかけです。普段、レストランに行き慣れていない人の入り口になれればと思いました」と布山さん。

左から田中慎さん、オーナーの布山純志さん、黒瀬康平さん

ガストロノミックなポイントをひもとくと、まず使われる素材が一級品。木下牧場の近江牛や並木自然農園などの契約農家の野菜、豊洲市場の魚介類や青果が布山さんによって直接買い付けられている。それらの素材のおいしさを存分に活かすため、手間を惜しまない。例えば、店の看板料理でもある「タコのグリル お米と蓮根、大麦のンドゥイヤリゾット」は2日がかりで作られるというから驚き。魚介のスープの旨みが濃縮された絶品の味わいとなっている。

店内はカウンター席が中心

そんな上質な一皿を舌の肥えた中目黒周辺の住民が放っておくわけもなく、当初の狙いとは裏腹にフレンチを食べ慣れた常連客が多いという。もちろんフレンチの初心者も笑顔で迎えてくれる。メニューは、アラカルトもおまかせコース(8,000円)も両方選べるうえに、コースは一人でも注文OK。「おいしいものが食べたい」と思ったその日に一人でお店に足を向けられる気軽さもうれしい。

グルドボワでは、カウンターの手前にある大きなセラーに自然派ワインが並んでいる。「食材もワインも後世に伝えられる、昔ながらのつくりをしているものに共感します」と布山さん。木下牧場から近江牛を仕入れているのは、彼らが牛を無理に太らせず、自家配合飼料を使って一頭一頭に合った肥育をしているから。ワインも同様に化学肥料や酸化防止剤をなるべく使わないものが仕入れられている。

白子のグラタン✕華やか白ワイン

白子モンドール(2皿3,000円 、写真は1皿分)

厳選された食材が使われるグルドボワでは、旬の食材を使ったメニューを一番にチェックしたい。冬のおすすめは「白子モンドール」。北海道・羅臼産の洗浄されていない白子を使っているのがポイント。「洗浄されていない白子は旨みが違います。原価もぎりぎりですが、本物の素材を使っています」と布山さん。

ソテーされた白子は、ベシャメルソースとモンドール、グラナパダーノ、グリュイエールの3種類のチーズを加えてオーブンで焼き上げられている。グツグツと音を立てながら熱々の状態で運ばれてくるグラタンは、白子とモンドールのとろける旨みがたまらない味わい。この季節ならではの贅沢で濃厚な味のハーモニーだ。

ドメーヌ デュ クロ デ レリュのバスタンガージュ ブランAOPアンジュ 2018(グラス1,300円、ボトル8,200円)

白子モンドールに合わせたいのは、フランス・ロワール地方のシュナン・ブラン。「濃厚な一皿には、香りが華やかでコクのある白ワインがおすすめです。こちらは樽熟成されていて、バターや柑橘、蜜のような香りと豊かな味わいがあって、白子やモンドールにも負けないワインです」と黒瀬さん。香りがあってまろやかな厚みが白子やモンドールを包み込んでいた。

魚介リゾット✕キリッと白ワイン

タコのグリル お米と蓮根、大麦のンドゥイヤリゾット(2皿3,000円、写真は1皿分)

グルドボワに来たら食べたいのが「タコのグリル お米と蓮根、大麦のンドゥイヤリゾット」。実はこちら、常連客から魚介を使った一品をリクエストされた際に偶然、生まれた料理。オレンジ色の理由は、スープ・ド・ポワソンがベースになっているから。そこに唐辛子が名産のイタリア・カラブリア州のンドゥイヤソーセージの発酵したペーストが入っており、凝縮した魚介の旨みにピリッとした発酵のニュアンスがアクセントとなった絶品リゾットだ。タコのグリルも2回冷凍して筋繊維を壊しやわらかくしてから、カリッと仕上げられるという手のかかりよう。噛めば噛むほどに濃厚な魚介のだしと複雑な味わいが楽しめる。そのあまりのおいしさにリクエストが止まらず、店の看板料理になってしまったのだそう。

ラ・メゾン・ド・ローズのソジョー2020(グラス1,300円、ボトル8,400円)

リゾットにおすすめなのはフランス・ジュラ地方のシャルドネ。「リゾットがかなり魚介のだし汁を吸っていてインパクトがあるので、キリッとした酸のある白ワインがいいですね。シャープな酸味で合わせると、余韻もなめらかになります」と黒瀬さん。いつまでも噛んでいたいリゾットの最後をきれいにまとめてくれるマリアージュだった。

和牛ロースト✕深みのある赤ワイン

近江木下牛のロースト(2皿4,500円、写真は1皿分)

グルドボワの肉料理でまず食べたいのが木下牧場の近江牛を使ったロースト。グルドボワでは、一頭買いされた木下牧場の牛肉を部位ごとにシェアするしくみに参加。余る部位が出ないように、なるべく色々な部位を選ぶようにしている。そのため、メニューの部位は毎回異なっているそう。

ソースは牛肉からとった脂を香味野菜と一緒に煮詰めたもの。バターや赤ワインが入っておらず、牛肉の旨みが凝縮されている

今回の部位は「ウデ」。「硬い部位ですが火入れで調整すれば、やわらかくできます。木下牧場の牛は脂ののどごしに抜けがある。それを味わってほしいですね」と布山さん。旨みがしっかりした赤身の味わいの中に、スッと入ってくる脂が自然に流れてきて、牛肉本来のおいしさを存分に満喫できた。付け合わせの野菜も味わい深く、ぺろりと平らげてしまえる一皿だった。

ラルコのヴァルポリチェッラ・リパッソ・クラッシコ・スペリオーレ 2019(グラス1,200円、ボトル7,500円)

牛ローストには、イタリア・ヴェネト州の複数の地ブドウから造られた赤ワインと合わせたい。「こちらの赤ワインは色々なブドウを使っていて、ほどよいタンニンや枯れたニュアンスがあります。きめ細かい脂身があるお肉にはタンニンがある方が口に嫌な後味が残りません。凝縮感がありながらもエレガントで芯のあるスタイルも和牛にぴったりです」と黒瀬さん。和牛とのバランスがちょうどいい深みのある赤ワインだった。

布山さんの「私が恋した自然派ワイン」

レ・カイユ・デュ・パラディのラシーヌ・ルージュ2015(参考価格ボトル9,000円)

布山さんの恋したワインは、その完成度に驚いたという一本。

「好きな生産者は何人かいますが、ジュリアン・クルトワ氏のすごさはワインの着地点を描けているところです。このワインはいくつかのブドウ品種を使っているのですが、すべての骨格を足して、まるですぐれたピノ・ノワールのような味にまとめあげられています。これぞ偉大な生産者だと思いました。

味わいは淡いベリー感の中に枯れたニュアンスがあって、飲み口は軽いのにボリューム感があって余韻も長めです。熟成すると年代物のピノ・ノワールのような味になると思います」

お客様に喜ばれるワインをラインアップ

グルドボワで出されるワインは、インポーターの試飲会でテイスティングしたものが厳選されている。「自然派ワインだからといって、アナーキーになってはいけないと思います。ワインを用意する僕らが批評してこそ、後々おいしいものが残っていくと思っています」と布山さん。実際に飲んでみて、いろいろなタイプのお客様に出したいワインがセレクトの基準。産地はフランスが多いが東欧や南アフリカなど近年、評価の高い地域のものも用意されている。グラス6種類(1,000〜1,500円)、ボトル400種類(5,000〜10,000円)。

肩の力を抜いてレストランの味を楽しみたいときに

入口に4人掛けのテーブル席も1つある
店に飾られていた花はセンスのいいドライフラワーに

“グルドボワ”という店名はフランス語で「二日酔い」を意味する言葉だそう。かなりウィットの利いた店名だが、それくらい肩の力を抜いて楽しんでほしいという気持ちが表れている。とはいえ出てくる料理は、どれも素材の贅沢さが生かされた絶品料理。そのギャップを楽しみに、中目黒の裏道をめざそう。

※価格は税込、テーブルチャージ+アミューズ+パン代1人1,000円

取材・文:岡本のぞみ(verb)
撮影:山田大輔