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【運命の食材:シェフインタビュー】
鯖を求め続け、日本一の鯖寿司を目指す 祇園にしむら 西村元秀さん
割烹で鯖寿司を土産にした先駆け
日本人はとにかく鯖寿司が好きである。その発祥は古く、京都をはじめ、近畿、北陸、山陰一円の郷土料理であったが、海の遠い京都人にとっては特別なもの。福井県の若狭湾からひと塩をして運ばれてきた鯖を棒寿司にし、祭りや祝い事には欠かせない、晴れの日のご馳走として、長らく慈しんできたという。ちなみに、若狭から京都までの山道は鯖街道と呼ばれている。荷物を担いで歩けば2日はかかる。塩をするのは足の早い鯖を傷まないように運ぶための、生活の知恵だった。
ところが今や、その人気は全国区。「いづう」や「花折」などの老舗の品はもとより、どこの鯖が肉厚で脂がのっているなど、贔屓の品もそれぞれだ。けれど、割烹が自家製の鯖寿司を土産に持たせるようになったのは、「祇園にしむら」が先駆けだ。その人気にあやかって出し始めた店も、数知れない。
東京で修業後、祇園で店を開き、鯖寿司が人気に
「京都生まれ、京都育ちですが、修業の地は東京です。『東京兆』』で鍋磨きから始めて7年、お世話になりました。独立するならやはり京都で勝負したいと地元に戻り、1994年に祇園に店を構えました。当初からおまかせのスタイルでしたが、何か一品オリジナルの定番をつくりたいと、鯖寿司を先付けやおしのぎ、八寸など、折に触れて出していたんですよ」と主・西村元秀さんは言う。
正統派ながら、随所に新しい風を取り入れた料理が話題になり、瞬く間に人気店となった、鯖寿司の評判も高くなり、「包んでもらえませんか」という客も増えていく。いつしか、「祇園にしむら」といえば鯖寿司の呼び声が高くなり、土産としてもすっかり定着していった。
「味には自信がありましたが、人気が出ると、改めてもっと美味しく作ってやろう、一番の鯖寿司を目指そう、そんな気になりました。鯖そのものを見直すことから、塩の量や酢の締め加減まで、あれこれ試しましたね」
鯖の良しあしと塩で決まる鯖寿司
「鯖寿司の材料は鯖、塩、酢のみ。塩をした鯖を洗って酢で締め、寿司飯にのせるだけと、工程もシンプルですから、何より、鯖そのものが美味しくなくてはどうにもなりません。見てください、今日の鯖、大きいでしょう。韓国の済州島沖のものです。永楽さんの八寸の皿にのせると、こんなにはみ出しますよ。40cm近くあるかな。普通の鯖だったら32~33cmってとこですね。値段も倍します。でも、確かにそれだけのことがあるんです。開店当初から一貫してうちは、中央市場で鯖を仕入れてきましたが、仲卸との関係がとても大切。常に緊張感を持って接すること。必ず一番いいものをうちに回してほしいと、その意識を強く持ってないとダメなんですね。そのためには、一番いいものを買い続けることも必要です。今は、圧倒的に済州島がいいですね。脂の質もすごくいい。気に入っています」
出刃包丁を中骨に沿ってすべらせていくと、きれいな淡いピンクの身が現れる。見るからに脂がのって旨そうだ。「触ってみてください。ねっとりしているのがわかるでしょう」と西村さん。確かにしっとりと指が吸い付くような感触だ。かぶりついたときにとろけるような味わいはここから生まれるのだと、納得する。
次にたっぷりの粗塩をまぶす。身が見えないくらいにべたづけにするのが基本だという。そして一定時間おく。「この時間はね、マル秘。企業秘密なんですよ」と西村さんは笑う。つまり、塩で締める時間がそれほど味を左右するということだ。余計な水分やくさみを抜くための“塩で締める”という下処理が、実に奥深い作業であるということに、改めて先人の知恵を感じざるをえない。
仕上げの千枚漬けがにしむらの顔
「しっかり締まったら、一度塩を水で洗い流します。その後、純米酢につけて酢締めにします。もちろんこの時間もすごく重要。酢で締めすぎればかたくなり、脂気が抜けてしまうのはもちろん、締め方が甘くても旨みが充分に生きてこないんです」とも。鯖の持つ脂の甘みに、ほどよい塩味と酸味が加わって、得も言われぬまろやかな味わいになるのだ。
米酢と塩と砂糖少々を合わせた寿司酢を炊き立てのコシヒカリに切るようにさっくりと混ぜた寿司飯。さらしできっちりと巻いて棒状にした寿司飯の上に締め鯖をのせる。白板昆布を重ねて仕上げるのが定番だが、ここからが「にしむら」流。上に白いものが一枚のっている。これが、実は千枚漬けなのである。聖護院大根を薄くスライスして昆布と漬け込む、昔ながらの京都の漬物だ。発酵した独特の甘酸っぱい味が、締め鯖の酸味と絶妙のハーモニーを醸し出す。10月から3月までの冬場の半年間の「にしむら」の鯖寿司は、この千枚漬けがトレードマークだ。
「もう10年前くらいになりますが、金沢のかぶら寿司にヒントを得て、一度作ってみたら、これはいいなと。さっそくお客さんに出したところ、リクエストが絶えず、冬場は千枚漬けをのせることに決めました。『大藤』さんの品です。千枚漬け発祥の店であり、昔ながらの手法で漬ける、京都一の千枚漬けですよ」と、にしむらさんも自慢気だ。
古き良き京都の伝統にさらに伝統を重ねた、「祇園にしむら」の試み。必然性のある美味しさは、新たな古典となりつつある。
撮影:久保田康夫