【運命の食材】
出会った瞬間に衝撃を受けた希少マンゴーをスイーツに~メゾン ジブレー 江森宏之さん
輝かしい経歴を携え、「メゾン ジブレー」をオープン
年間120以上の農家から、直接に旬の果物を買い付け、ケーキやジェラートなどに加工するという、「メゾン ジブレー」の江森宏之シェフ。昨年、満を持して、自身の店を田園都市線中央林間の駅に開いた。一パティシエの枠を超えて、生産者と双方向の関わりを強める、次世代型のパティシエとして、注目を集めている。
江森さんがパティシエを目指したのは、調理師学校の在学中。料理よりも、より自由に味やフォルムを構築できるという面白さに惹かれたからだという。念願かなって、フランスロレーヌ地方でMOFフランス最高職人フランク・フレッソン氏の下で修業を積み、フランス菓子の基礎とエスプリを自身に叩きこんだ。帰国後は、田園都市線たまプラーザ駅で一世を風靡した「ベルグの4月」で5年、師である山本次夫さんを通じて、パティスリーが地域に密着して、お客さまの生活を豊かにするとはどういうことなのかということを肌感覚で学んだ。
その後、表参道の氷菓専門店「グラッシェル」で経験を積み、退職後はフリーランスとして、ミラノ万博のアイスクリームとチョコレートのワールドカップで、日本代表のチームキャプテンとして出場し、優勝に導いた。そのほかにもイタリアでおこなわれた ジェラートのワールドカップ コッパデラモンドで入賞など、コンクールの入賞歴は数知れない。
フルーツを武器に、新たなるパティスリーの可能性を摸索
「『ジブレー』とはフランス語で氷菓という意味です。日本ではアイスクリームやジェラートというと、限定された商品と考えられがちですが、ヨーロッパでは伝統的なパティスリーの一ジャンルとして重きが置かれていて、アイスケーキの表現も多彩です。冷凍できるということは、果物の旬を閉じ込めることができるわけで、一度に大量にとれる果実を生かす方法としては大変に優れています。
なぜ、中央林間に店を構えたかというのも、大量に果物を仕入れて加工し、氷菓としてストックできるスペースがほしかったからです。トン単位の果物を処理するための設備は都心では無理。氷菓ならダイレクトに店から発送もできますから、立地はまったく問題ありません。同時に、地域の一番店として、お客様に愛されていきたいとも真摯に考えています」と、スケールの大きな構想を語ってくれた。
奇跡のマンゴー「時の雫」との出会い
さて、そんな中でも、江森さんが格別にほれ込んでいる果物の一つに宮崎県産のマンゴー「時の雫」がある。10年前に宮崎に移住した木村幸司さんの木村ファームが丹精込めて育てている希少な品だ。実に、糖度17度を誇り、ドバイで1玉10万円で取引きされたことがあるという逸品だ。かの有名な「太陽のタマゴ」が15度と聞けば、それがいかにすごいことであるか想像に難くない。
「初めて食べた時には驚きましたね。糖度が高いのはもちろんですが、それよりも香りの高さと鮮烈な酸味に。特に収穫直後の皮のまわりにある、香りのもととなるオイルがすごいんです。甘みと酸味のバランスも絶妙。果物は甘いだけでは価値がありません。加工に必要なのは香りと酸味ですから」と江森さん。
共通の知人を介して紹介されて以降、木村ファームにも何度も足を運んでいる。
木村さんが栽培しているのは、数あるマンゴーの品種の中でもアップルマンゴーの一種であるアーウィンという品種。試行錯誤を繰り返す中で、山口県から土を運んで育てたところ、うまくいき、現在にいたっているそうだ。また、温度管理が何より大切とハウスの気温をこまめに調節し、日焼けを嫌うマンゴーを日差しから守るためのカバーをこまめにかけるなど、実の子供のように手をかけて育てている。収穫においては、もちろん、自然と木から落ちる完熟マンゴーだけを、木に結び付けたネットで採取する。4Lで1玉4,000円以上と高額だが、この膨大な手間を考えればうなずける。
木村さんの思いを作品であるスイーツの中に込める
「農園で実際に木村さんの作業を拝見すると、果実の持つ力を100%お菓子の中に表現してあげたい、否、しなければいけない、それが私の使命であると、強く感じます」と江森さんは言う。
現在「時の雫」を使っているお菓子はマンゴータルトとマンゴープリンの2種。作業工程を見せてもらった。まずタルトだ。アーモンドパウダーの粗挽きと目の細かいものの2種を合わせたタルト生地に、クレームパティシエールとバターを合わせた濃厚なムースリーヌを絞り出し、その上に大ぶりにカットした「時の雫」をこぼれんばかりに盛った贅沢な一品。「1カット1,000円なんですが、マンゴーの価格を考えると、正直、原価割れしそうですよ(笑)。でも、これも、皆さんに『時の雫』の美味しさを知ってもらいたいという気持ちからの出血大サービスです」と笑う。
もう一品のマンゴープリンは、マンゴーのピューレを加えた卵液を固め、その上に同じく、カットした「時の雫」をたっぷり。実は、国産のマンゴーは繊維が柔らかく、加工には向かないそうで、「時の雫」も例外ではない。そこでプリンの生地にはインド産のアルフォンソマンゴーを使用するのだそう。とろけるプリンとジューシーなマンゴーの果肉が一つになり、えも言われぬ幸せな味覚世界を口中に作り出してくれる。
生産者の熱い思いを、スイーツという具体的な形に表現する江森さんの作品には、果実とお菓子が双方に価値や魅力を高め合うという、幸せな関係を見る思いだ。
撮影:松園多聞