【森脇慶子のココに注目 第43回】「KABUN-AZABUJUBAN」
今を去ること10年前、焼肉の激戦区赤坂に彗星のように現れた焼肉「KABUN」。新鮮なホルモンと上質な精肉、そして内容に見合った適正価格に加え、オーナーの李久和さんをはじめスタッフの面々のキビキビとした気持ちの良いサービスで、オープンするや、瞬く間に予約至難の店に駆け上がった同店。
2016年には、その人気に応えすぐ近くに2号店となる「KABUN-CHIKA」も開店し、順風満帆!という時に起きた悪夢のような新型コロナによるパンデミック。そのあおりを受け、一時本店を閉めたのは2021年3月のこと(「KABUN-CHIKA」は営業)。それから1年5カ月ぶりに見事復活。今年8月22日、麻布十番に「KABUN-AZABUJUBAN」と店名も新たにリニューアルオープンした。
場所は、麻布十番駅6番出口の真ん前という絶好のロケーション。会員制のバーを思わせるシックな木の扉に一瞬気が引けるかもしれないが、ご安心を。扉を開ければ、トレードマークのマッチョな牛と共に「いらっしゃいませ!」のはつらつとした声と李さんをはじめスタッフらの以前と変わらぬ爽やかな笑顔が出迎えてくれる。
李さんによれば、“クール&カジュアル”が、今回のテーマとか。曰く「内装はグッとモダンでクールな雰囲気に、対してメニューは“ザ・焼肉”といったベタな焼肉でいくつもりでいます」とのこと。なるほど、黒を基調とした店内は、コンクリート打ちっぱなしの壁に特注の革製の黒い椅子とシックな雰囲気。カウンター席の他にBOX席もあり、デートにも使えそうなスタイリッシュな空間だ。
一方、料理は小賢しいアレンジ無しの直球勝負。肉類のグレードも以前のままだ。もちろん、名物のコッチョリこと「浅漬けキムチ」も健在。自家製のヤンニョンで、新鮮な白菜を生のままあえただけの一品だが、あえたてのみずみずしさと甘辛加減も絶妙なヤンニョンが実にいい。このヤンニョン、唐辛子をベースに砂糖やニンニク、生姜、アミの塩辛、果物等々で作るそうで、配合は李さんオリジナル。オモニの味をアレンジしたそうだ。
他にも、ゆで肉のタレやキムチ炒飯の隠し味に使うタデギなど、ところどころにオモニ直伝の家庭料理の味が潜む。そんなどこか懐かしく生活感のあるおいしさも、この店に引かれる理由の一つかもしれない。
とはいえ、KABUNの真骨頂はやはり焼肉。それもホルモンが素晴らしい。それも、芝浦まで日々足を運ぶ李さんの熱心さゆえ。業者との長きにわたる信頼関係のたまものだろう。まずダイチョウが美しい。淡いピンク色をしたそれは潤いのある光沢を放ち、くっきりとした腸壁のシマが鮮度の良さを物語る。
また、珍しいのは脂ハツ。深紅の輝きを見せるハツは、脂をつけたまま薄くスライス。この脂がミソで、この脂のコクが、ハツの鉄分の旨味と相まって深い余韻を舌に残す。繊維質の細かなハツならではのサクッと軽やかな食感も心地よく、癖も無いゆえホルモン初心者にもおすすめの一品だ。
さらに、ご主人李さんの一押しは「ガツ」。豚の胃袋だ。ここでは、ガツ芯と呼ばれる食道に近い肉厚の部分を使用。鹿の子に切れ目を入れたガツ芯は程よい弾力の中、サクリと歯が入る食感も小気味よい。その他、シビレや上ミノ、赤セン(ギアラ)、コリコリ(動脈)、希少部位のヤンに鮮度抜群のレバー等々ざっと15種余りの内臓類がメニューを賑わしている。しかも、これらを1枚ずつ注文できるというから見逃せない。少しずついろいろ食べたい向きにはもちろん、カウンターで一人焼肉も、ここなら思いのままだ。
さて、ホルモンを前菜的に数種味わったら、お次はメインの精肉へ。と、その前に食べておきたい逸品が“ユッケ”。といっても並のユッケではない。「炭火ユッケ」と銘打つそれは、いわゆるタルタル状ではなく、薄くスライスされた状態で登場。これを七輪の炭火でさっと炙り、軽く火を通してからいただくのがKABUN式。
部位は、ランプかイチボをその時々で使い分けているそうで、取材日は、ランプとイチボのミックス。軽く火を入れた肉は、メレンゲと卵黄を絡め、すき焼き感覚でどうぞという食べ方は、KABUNオリジナルのスタイル。炭火の香りを纏った肉は、肉本来の風味が一層増し、卵のコクとも相まって食べ応えも満点! 一口頬張れば、薄切りだからこそのエアリーなテクスチャーが斬新だ。
クライマックスは、ハラミやカイノミなどの肉肉しいお肉たち。「サシが強すぎない、赤身のおいしい肉を選んでいます。A5とかのランクは別に気にしていませんね」と李さん。ブランド牛にはこだわらず、その時々で気に入った肉を仕入れているそうで、取材当日は茨城の牛。写真は、極ランプと極イチボで、ご覧のようにカットが実に端正だ。
ランプは気持ち薄めに、イチボは少し厚みを持たせてとその部位に応じて微妙に厚さやカットを変える手腕もさすが。それも、口にした時のしなやかさ、かみ心地を考慮してのことだろう。
ちなみに、タレ、塩の味付けに関しては客の好みに合わせているが、ランプだけは薄めのもみだれと決め打ち。あっさりした肉質にほのかに甘いタレが、なるほどよく合う。この他、厚さ1cm強はある極タンも、ぜひ味わってみたい逸品だ。
赤坂時代とほぼ同じメニューの中、裏メニュー的新作が、韓国風ゆで肉「スユック」だ。インサイドと呼ばれるハラミに近いバラの部位を、ネギや生姜と共に約3時間じっくりと煮込んだもので、見た目は地味だが、繊維質の肉がほろりと解ける柔らかさは格別。クセになるおいしさだ。これを、ニラと自家製タデギ(こちらもオモニの味)をあえたタレで食せば、無限ご飯となること請け合い。
李さん曰く「実は、焼くには硬い部分の肉を捨てることなく有効に使うにはどうしたら良いかと考えた末の、苦肉の策だった」そうだが、そういう始末の料理にこそ、美味が隠れているものなのだろう。
そして、初めてならば、外せないのが〆の名物「キムチチャーハン」。こちらも、自家製タデギが大活躍。牛脂でコーティングしつつ炒めたキムチのコクのある辛味が、タデギやタレが加わることでより深みを増し、ご飯の一粒一粒にしっかりと馴染む。黄金色の卵に包まれたビジュアルにも食指が動く。3〜4人で楽しめるボリューム感は、いかにもKABUNらしい。
ちなみに、前菜、ホルモン、タンやランプカルビなど極みの肉や〆のキムチチャーハンがついたコースもあり、こちらは7,000円。その料理内容と質から見れば、これはかなりお値打ち。他に5,000円、10,000円のコースも用意されている。
「しっかり食べてパワーをつけて、帰ってほしい」と語る李さん。その言葉通り、パワフルで気持ちの良いサービスとおいしい肉の数々に、元気をもらって帰れる、貴重な一軒だ。
※価格は税込、サービス料(10%)別