両輪の片方を担う章博さんの四川料理的手腕
古き良き歴史と伝統を継承しているのが前述の中華そばであるなら、その他に食券機を賑わすメニューは息子の章博さんによる革新の旗印である。この場所で再スタートを切ったすずめが“懐かしいだけの店じゃない”ことは、彼の生み出す麺料理を食べればわかるはずだ。
息子さんは学生時代から四川料理の店で働くなどしており、複数の中国人シェフから様々な調理の技法を教わったという。その知識をいかんなく発揮して、四川で食べられている様々な辛い麺(燃麺)をメニューに加えているのである。ここで丼に入れているのは、醤油ダレ、米酢、黒酢、豆板醤、花椒、黒胡椒、ラー油。醤油ダレには、すずめの中華そばの元ダレを流用しているため、本質的な軸はブレてはいない。
四川風の麺料理といえども、使用する麺は中華そばで使っているものとまったく同じ。「本場四川で食べられているものに近付けるにはうどんみたいな麺のほうが合うんですけどね」と言いながらも、しっかりとすずめの遺伝子が組み込んであるわけだ。
さらに、中華そばに使うスープを少量加えたら、麺を盛って、具材をのせていく。見た目はなかなかな四川料理に近付いていくものの、麺もタレもスープも中華そばの味構成が屋台骨として生きているのがポイントと言えるだろう。
すずめの革新的一撃! 紅辛まぜそば
「まさか、すずめにこんなメニューがあるなんて!」。そう思った方も多いのではなかろうか。この紅辛まぜそばにのっているのは、ジャージャン、もやし、青ネギ、ヤーツァイ、ゴマダレ、ピーナッツ、揚げ玉ねぎ、揚げ唐辛子。個人のラーメン店が余力で作るようなクオリティーではなく、むしろ「四川料理専門店で出てくる麺料理」と表現したほうがしっくりくるくらいの手のかかりようなのである。そして私は、これが個人的に大好きなのだ。
こうした汁なしのまぜ麺は、丼の下の部分にタレやスープが層になってたまっているために、麺としっかり混ぜてから食べるのが作法。できれば、底の部分を持ち上げるようにして、上下に立体的に混ぜていくといい。ナッツなどの細かい具材も多く入っているために、しっかり麺と具材が馴染んでくるまで根気よく混ぜていこう。
一気にすすれば、得も言われぬ快感が体を駆け巡る。一見すると、“赤いから辛そう”と思いがちなのだが、むしろこの料理の本質は、その酸味にあると思っている。中国の黒酢に京都の米酢を合わせて使っているため、むせるような酸味ではなく、タレやスープの基本的なうまみにじっとりと馴染むのである。まずは酸味とうまみの足し算があり、そこに交差するように辛さと痺れが乗算されていくとでも表現すればいいだろうか。なかなか日本の料理に当てはめられないタイプの味なのだが、とにかく私は「快感を覚える」のである。
「四川料理は透き通ったスープを使うことが多いんですけど、うちはすずめの中華そばのスープを使います。なのでコクのあるあっさりしたスープに、四川のパンチを加えるように考えながら調整しています。」と語る章博さん。四川料理で学んだことを、すずめ流にカスタマイズして新しい着地点を模索した結果が、現在のメニューなのだという。
伝統と革新を両翼にして「すずめ」の羽ばたく未来
ご主人はこう語ってくれた。
「世の中は日々変わっているからついていかにゃいけんのです。昔ながらの“そば一本”というのは古い話です。未来を見ていかんと……」
すずめの店名を耳にした際に「懐かしい」という人がたまにいる。しかし、それは違うと思っている。懐かしいのは「すずめの中華そばの味」であって、「すずめという店」ではないのである。懐かしいものと新しいものを両翼にして、店は常に進化しているのだ。すずめは今現在も、未来に向かって羽ばたいている。