僕はこんな店で食べてきた
茨城県笠間市にある友部駅はJR常磐線特急の停車駅ではあるものの、2006年の統廃合で友部町が笠間市に吸収された地域である。笠間市は笠間焼で有名だが、友部という名前は知らなかった。
ところが去年、ひょんなことで「友部にニューヨーク帰りの寿司職人がいて、おまかせで握っている」という話を聞きつけた。試しに検索してみると、友部や笠間のほかの寿司屋はいわゆる「町寿司」で、ちょこっと食べて数千円程度のようだが、その寿司屋は食べログで2万円以上の予算だ。
あまりに興味津々なので、用事を作って友部まで出かけた。店の名前は「松榮鮨」。食べログのサイトには木箱に収められたおいしそうなネタの写真がトップを飾り「東京で修行後ニューヨークのトランプタワーを拠点にカタール・インド・スイスと海外を渡り歩いてきた」店主がおまかせコースで迎えてくれるという。
店は地元に昔からある大型店の様相。主人の話を総合すると、寿司職人だった父親から跡を継いでから高級寿司店に変えたらしい。ネタも東京・豊洲を中心に「ピンのネタ」を用意する。
主人は都内で修業ののち、ニューヨークの「MEGU」という日本料理店で握り、そこが拡大していくなかで世界各国を渡り歩いたらしい。MEGUは一世を風靡した日本料理店で、ニューヨークのセレブたちが通った店として知られる。
この日も、北海道のズワイガニの雌に始まり、キャビア、おがわの生うになど、一流品ばかり。それに合わせる酒は女将さんが選定し、これまた黒龍や田酒などレアなものが勢ぞろい。銀座の寿司屋のような雰囲気を茨城で楽しんだ夜になった。
そうした華麗な経歴を考えると高級寿司を展開したいと思うのはよくわかるが、不思議なのは周囲とあまりにも客単価が違うこと。だが、主人や女将さんと話をして疑問が氷解した。
近所に大きな病院があることもひとつだが、それ以上に重要なのはゴルフ帰りの客。茨城県には名門ゴルフ場がたくさんあるが、彼らがゴルフの帰りにここで宴会をして帰っていくのだという。「金土日は座敷もカウンターもゴルフ帰りの人たちでいっぱいになるんですよ」と女将さんが話してくれたし、友部駅からは歩いてすぐだから、酔っ払ってもJR常磐線特急で寝て帰ればいい。
その話を聞いて、僕は埼玉県にある川魚料理店「郷土料理ともん」を思い出した。食べログでは夜五千円からとなっているが、ここは大将と息子さんが地元で採るきのこや山菜、遠征して釣ってくるイワナやヤマメ、かじかなどを使った特別料理が自慢で、それを目当てに週末はゴルフ帰りの客でいっぱいになると聞いたのだった。
その時は「なるほどなぁ」程度にしか思わなかったが、考えてみればゴルフ客をうまく使って繁盛している店はほかにもある。
軽井沢の「森の中の朝食とカフェの店 キャボットコーヴ」もそう。ここは朝6時半から昼までしか営業しない朝食専門店。できた当時は唯一無二の店だったと思う。
アメリカのニューイングランド地方を愛したオーナー夫婦が、ポップオーバーやパンケーキなどアメリカンブレックファーストを楽しめる店としてオープン。ワンランク上の朝食が人気となった。
まずは食事を作るのが面倒な別荘族から口コミで広まったが、その流れでゴルフクラブの典型的な朝食に飽きたゴルフ族が、朝にここで食べてからゴルフに出かけることで早朝から繁盛したのだという。
「松榮鮨」の主人の話では茨城県にはもう一軒だけ、ゴルフ帰りの客でにぎわう店があるそうで、「おまかせで寿司を食べてくれる客を持っているのは、そことうちくらいだね」という。調べてみると、どの駅からも遠いところにポツンと位置するが、高速道路の便はとても良いところだった。
このコロナで、これまで簡単に集客できていた都心の飲食店がダメージを受け、住宅街の店が好調となったように、飲食店の立地戦略は一筋縄ではいかないことを改めて考えさせられた。