僕はこんな店で食べてきた
このコロナ禍で、飲食店で酒が飲めなくなったことからワインのインポーターもさぞや大変だろうと思っていた。ところが、親しくしている中堅オーナーに聞いたところ、家飲みが伸長していて、昨年よりも増収増益だったと言う。
しかも安いワインよりもそこそこのワインが売れている、と言われて「そこそこ」とはどれくらいかと聞いたら5,000円前後だと知って驚いた。レストランに行けば1万円前後するわけだから、かなりのレベルだと思っていい。そんなクラスを自宅で普通に開けるようになるなんて「ワインはすっかり日常的な飲み物になったのだなぁ」と僕は思った。
時代とともに身近なお酒に
ワインに関して僕は系統的に飲んでいるわけではなく、ただの飲んべえに過ぎないが、1980年代後半にワインスクールに通った時期があった。ワインスクールの同級生は、酒販店やデパートのワイン売場の社員がほとんどで、趣味で参加していたのは僕と弁護士のおじさんの二人だけだった。
授業の内容はあらかた忘れてしまったが「赤ワインより白ワイン、しかも甘い白が売れているのは日本だけ」「日本人のワイン消費量は年間1本だけ。しかもホテルの宴会で開栓されただけで飲まれないものが入っているから、実質は半分くらい」と聞かされたことが耳に残っている。
当時の赤ワインは赤玉ポート、白はリープフラウミルヒがポピュラーだった時代、ともに甘いワインでとうてい多くは飲めない。
年間消費量も今は一人あたり4本以上と当時の4倍になったわけだが、それでも4本足らずといえる。僕一人で数十人分を消費している計算になるからね。
ワインで思い出すのは、以前も書いた外苑前にあったスペインバル「ポコ・ア・ポコ」(閉店)で、はじめてテンプラニーリョというブドウ品種のワインを飲み、抜栓して30分以上経つとこんなにも味が変わるのかと驚いたこと。ワインは生き物だなぁと思った。
あと、京橋のフレンチ「シェ・イノ」でワインリストを眺めていたら白のシャトーヌフ・デュ・パプがあって、ソムリエの伊東さん(現・支配人)に「シャトーヌフって白もあるんですか」と聞いたら、とても丁寧に解説してくれたことも懐かしい。
そんなこんなで、今に至るまで途切れずワインは飲んできたが、当時はグラスワインが1種類しか置いていない店がほとんどで、もちろん新世界のワインなんて存在していなかったから、フランス、ドイツ、イタリア、スペイン産くらいしか飲んでいない。
21世紀に入って世界中でワインが造られるようになり、品種も格段に増えた。今ワインスクールで一から習ったらさぞや大変だろうと思うが、同時にワインショップもワインバーもたくさんできたから、ワインと親しむ方法もたくさんある。
バルとペアリングがワインの普及に貢献
レストランにおいてこの近年、ワインとの距離が縮まったのはバルの流行とペアリングの普及が大きいと僕は思っている。
バルはもともとスペインの居酒屋のことで、町中の小さなバルが集まっている広場で一杯ずつホッピングしながら楽しむのが本場のやり方だが、日本ではカウンター中心の居酒屋よりも小さい酒場をバルと称するようになった。少ない資金で始められるから瞬く間にバルが繁華街を席巻し、いまや中華バル、和風バル、エスニックバルまであるが、一杯からワインが飲めるから、そこでワインと親しんだ若者は多いはず。
とは言え僕はスペインらしいバルが好きで、なぜかそれらは神楽坂に集まっているから「エル ブエイ」「バルマコ」「エルプルポ」あたりに出没している。なかでも「エル ブエイ」は僕の思っているスペインバルの雰囲気を一番再現している。
バルだけでなく、ペアリングも地味ながらレストランのあり方に変化を起こした。昔はよく、研究熱心なソムリエから「このワイン、すごくいいんですが出るのはわかりやすい名前のワインばかりで、このままだと不良在庫になっちゃうんですよ」と相談を受けたものだが、今ならペアリングで飲んでもらえばいい。もしも気に入ったら次回からはボトルで注文してもらえるかもしれない。
とは言えペアリングは店によって当たり外れが多く「売れないはずれワインを入れたな」「この値段を取って、この程度のワインばかり並べるのはちょっとなぁ」と思ってしまう店もある。
そんな中で、都内で素晴らしいペアリングだと思っているのが銀座「ル・シーニュ」。カウンターだけのフランス料理店だが、上野宗士シェフは古典的なフレンチを見事に今日的に昇華させた料理を出す。
そして、上野シェフの料理にソムリエの有馬純平さんが見事なワインをペアリングするのだ。おすすめのペアリングは1万円から予算に応じて組めるというが、なにしろワインリストが素晴らしいから、予算があれば少し高めを選んだほうが結果的に満足度は高いと思う。
もうひとつ、恵比寿「ヤヌス」のペアリングもいい。そもそもはボトル売りの店だが、無理をお願いすればいろいろと合わせてくれる。
料理はオーソドックスなものが中心で、だからこそワインが映えることになる。場所もまさに隠れ家。こういう店を知っていると、ここぞと言う時に使えるだろう。