『百名店』の京都の和菓子
長い歴史を刻み、職人の心が宿る京都の和菓子。その精妙で奥深い世界を頂く側も知ることができれば、より親しみを持って楽しむことができるはずです。
食べログでは全国の菓子店の中で食べログユーザーから高い評価を集める100店として『食べログ スイーツ 百名店』を発表。和菓子店は25店舗、そのうち京都の店は10店舗が選出されました。
洋菓子店ばかりが並ぶと思いきや、和菓子の人気は現代でも衰えることはなく、しかもその多くが京都の店という結果でした。これは、“和菓子といえば京都”、“京都といえば和菓子”という考えが、どれだけ時を経ても日本人に根付いているからこそではないでしょうか?
今回も『百名店』に集まった京都の和菓子店を、和菓子ライフデザイナーの小倉夢桜さんに紐解いていただきます。
其の二、「鍵善良房」
京都を代表する観光地である祇園では、春夏秋冬、一年を通して様々な年中行事が行われます。
春は、桜が咲く華やいだ雰囲気の中で行われる「都をどり」。
夏は、うだるような暑さの中で行われる祇園祭」。
秋は、彩り豊かな錦秋の中で行われる「祇園をどり」。
冬は、知恩院の大鐘が祇園界隈に鳴り響き迎える新年。
もちろん、その他、多くの年中行事が執り行われ、四季折々の風景を五感で感じることができます。
祇園界隈でひときわ鮮やかな朱塗りが目を惹く八坂神社・西楼門。その西楼門から真っ直ぐ西に向かう四条通(八坂神社参道・祇園商店街)の北側の歩道をぶらりとショーウィンドウを楽しみながら歩いて3分。
格式ある玄関先にかけられている鍵がデザインされた紋の暖簾が印象的なお店が、今回ご紹介させていただくお店「鍵善良房」です。正確な創業年は不明ですが、江戸の中期にまで遡る歴史のあるお店です。
祇園という場所柄、お茶屋さんや料亭、南座に出演される役者さんなどがご贔屓にしていることでも有名。また、京都に縁の深い人間国宝・黒田辰秋や河井寬次郎をはじめとする多くの文化人たちの舌を酔わせてきました。
暖簾をくぐるとまず目に飛び込んでくるのが「鍵善良房」と書かれた額。こちらの揮毫(きごう)は武者小路実篤です。
店内には、ところ狭しと黒田辰秋の見事な棚や調度品、そして干菓子の木型などが並べられていて、まるで美術館のよう。
こちらのお店はデパートでの通常販売をされていないことでも有名。その理由は、お客様にお店へ足を運んでいただき、お菓子だけではない歴史や美意識を店内の空間から感じ取っていただきたいという想いからです。その想いは、店内の細部にまで感じ取ることができます。
店内の奥には喫茶室があり、お店の看板商品である「くずきり」をいただくことができます。今ではとても貴重となった奈良吉野・大宇陀産の「吉野本葛」と水のみで作られているくずきりは、大きな信玄弁当に氷水とともに入れて運ばれてきます。初めて目にした方は、その大きさにビックリされることでしょう。
現在では、店内のみでしかいただくことができないくずきりですが、昭和の初期には祇園界隈の馴染みのお客のもとへ配達をされていました。その名残が今も残り、このような器に入れて提供されています。
器の中に入ったくずきりが気持ちよさそうに氷水の中を泳いでいます。そのくずきりをお箸ですくいとり黒蜜につけていただきます。
くずきりをお箸ですくいとる際に氷が奏でる涼し気な「カラン、カラン」という音。くずきりの独特の食感と喉越しの良さ。五感をフルに使いながら召し上がっていただくと格別な味わいとなることでしょう。
そして、季節を感じる上生菓子が常時、数種類販売されています。取材をさせていただきましたこの日は、今年最後の節句「重陽の節句」の日。
「菊の着綿(きくのきせわた)」という重陽の節句の日に行われる宮中の習わしにちなんだ「着綿」という意匠のお菓子などが販売されていました。
こだわり抜いた店内の雰囲気を感じながらお菓子を召し上がり、この上ない、ひと時をお過ごしください。