〈福岡の麺料理〉

“博多シャバ系”と称されるクラシカルな豚骨ラーメンで、九州の豚骨ラーメンファンから熱視線を送られている福岡市・馬出「駒や」(こまや)。“泡”や“クリア”などと同じく、豚骨ラーメンの一つのジャンルとして人気を確立した“博多シャバ系”の魅力。そして、意欲的な同店が2021年3月に開業した看板のない超穴場店、通称「裏コマ」(裏駒)とは。福岡ラーメンの最旬!事情を地元のラーメンライターがレポートします。

九州一のラーメンライターがレポート

上村敏行(かみむらとしゆき)

1976年鹿児島市生まれ。株式会社J.9代表取締役。九州産業大学写真学科在学中に作品撮影のため屋久島へ。島の暮らしに魅了されそのまま住み着く。2002年、福岡でライター業を開始。同年九州ウォーカーでの連載「バリうまっ!九州ラーメン最強列伝」を機にラーメンライターとして活躍。各媒体で数々のラーメンページを担当し、取材したラーメン店は3,000軒を超える。ラーメン界の店主たちとも親交が深く、久留米とんこつラーメン発祥80周年祭、福岡ラーメンショー広報、ソフトバンクホークスラーメン祭はじめ食イベント監修、NEXCO西日本グルメコンテストなど審査員も務める。ラーメンライターとしての活躍はイギリス・ガーディアン紙、ドイツのテレビZDFでも紹介された。

「裏コマ」を知るには、まずは表の「駒や」から。“シャバい”豚骨スープでよかろうもん!

福岡市東区に「馬出(まいだし)中央商店街」という名の、いわゆる昭和レトロな商店街があります。ほとんどの店舗のシャッターが閉まり、お世辞にも賑わっているとは言えないこの路上遺産的な商店街が昨今、とある豚骨ラーメン店の出現で注目されるようになりました。

福岡市・馬出の「馬出中央商店街」。シャッターが目立ちますが、ラーメンファン垂涎の場所なのです

その店とは、ズバリ「駒や」。

ここ数年、“福岡の豚骨界”を最もざわつかせている店なので、屋号を聞いたことのある方、実際に食べに行った豚骨ラバーも多いかもしれません。
もともとこの商店街では、1952年に創業し、博多ラーメンの礎を作った「博龍軒」、そして夜専店「一楽」がひっそりと営業していました。そこに2019年4月に「駒や」がオープン。さらに、かつて商店街にあった長浜ラーメン店「ぶんりゅう」も2020年7月、約25年ぶりにこの地に戻ってきました。狭い一角にラーメン4店。しかもすべてが豚骨。少し大袈裟かもしれませんが、箱ものではない“昭和の生きたラーメン商店街”と称したくなるような、ヴィンテージ豚骨をはしごして楽しめる場所となったのです。

店主の倉田承司さん(右)と上村さん(左)

今や福岡を代表する人気店となった「駒や」の店主・倉田承司さんは、この界隈で生まれ育った生粋の“馬出っ子”。小学生の頃は商店街を走り回るやんちゃ坊主で、今も営業する重鎮「博龍軒」や近くにあった「箱崎だるま」のラーメンがご馳走だったと言います。「幼少から親しんできたこの商店街に店を出したい。料理の道に入った私は最初、鉄板焼きの居酒屋を開いたんです。常連客と昭和のラーメン談義に花を咲かしている時『最近、愛すべき“臭い”豚骨ラーメンってないよね』って話になって、じゃあ俺が作っちゃるばい!という流れに。まあ、完全に勢いってやつですね(笑)」(倉田さん)

倉田さんは福岡のラーメン連合「令和維新会」の代表も務めている

倉田さんはラーメン店での修業経験があったわけではありません。自身が食べ込んできた、いにしえの店の味の記憶を呼び起こしながら、また、博多ラーメン草創期の先人たちが取ったであろう製法を想像しながら、鉄板焼き店の厨房でラーメン作りに没頭しました。目指したのは、奇をてらわない昭和の豚骨ラーメン。完成した一杯は当初、鉄板焼き店での限定メニューとして提供していましたが、瞬く間に人気を集め、2019年4月、厨房を本格的に改装し、ラーメン専門店へと舵を切りました。

シンプルなヴィンテージ豚骨こそ強い

「ラーメン」600円

「スープがシャバシャバしとろうが!」
倉田さんは胸を張り、自分のラーメンの魅力についてそう語ります。

“博多シャバ系”と親しまれるラーメンの特徴は、スープの粘度がドロドロではなく比較的サラリとしていること。「シャバい」という言葉のニュアンスは全国共通で、“シャバ系”というラーメンも耳にすると思いますが、今福岡でそう呼ばれているラーメンは、より食べ手の愛着がこもり、特別感のある豚骨、そして何より、バリうま!の麺々であると感じています。

「駒や」のラーメンは、使う骨の量は決して多いわけではなく、豚骨濃度もズバ抜けて高いわけではありませんが、独自の製法で旨みを凝縮。芳醇な豚骨フレーバーが鼻に抜け、塩気、甘さのバランスが絶妙。豚骨から自然に染み出る上澄み脂をふりかけて、表面をふわりと仕上げているのもいいですね。口当たりは滑らかで、パンチと飲みやすさを兼ね備えた名作。

「より香りを楽しんで欲しい」という思いから、レンゲは使わずに、丼を持ってスープを飲むことを推奨しています

確かに昔の博多ラーメンは、丼をつかみ、指をぬるぬるにしながら(笑)ズズッといくものでしたね。心地よい豚骨フレーバーがふわり。

一般的な豚骨ラーメンとは製法が異なる

「駒や」の豚骨スープ。醤油ダレは福岡「ヤマタカ醤油」を採用しています

そして、一般的な白濁豚骨の製法と比べると、強火が少なく、弱火の時間が長いことも特記事項です。骨をガツガツと砕いて乳化させるのではなく、弱火でじっくりコトコトと、“骨で出汁を引く”ようなイメージ。普通は繰り返し出汁を取った古い骨と、新しい骨を入れ替える“骨替え”と呼ぶ作業があるのですが、同店にはありません。一度、骨を入れたら極力触らず、鍋蓋も開けず。寸胴内で骨が擦れ合う音などで判断して火加減を調整していきます。豚骨がボロボロになるまで煮込み、余分な骨粉をすくって仕上げています。

しなやかな細ストレート麺を羽釜で泳がせる

「完全我流なので正しいかどうかは分かりませんが、私が一番こだわっているのは“豚骨の旨みのすべて”を逃さないということ。よく豚骨ラーメン店のダクトから、外ににおいが漏れていることがあるじゃないですか。私的には、あのにおいすらもったいないと思っていて寸胴の中に留めておきたいんです。だから煮込み中は蓋もほとんど開けません」(倉田さん)

クラッシャーで生ニンニクをガシュッとスープに溶かすと最高!!

このラーメンに独学で辿り着いた倉田さんは本当に凄い。そして、人柄もとにかく熱い男なんです。ゴリゴリの博多弁でラーメン話が、まー止まらんばい(笑)。

替え玉はもちろん、残ったスープにご飯投入もアリ。倉田さんは“にゃんにゃん飯”と呼んでいました(笑)