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【THEご褒美スイーツ 〜知っておきたい通な店〜】
「食事と同じくらい、スイーツにも絶対手を抜きたくない!」と、日々美味なるスイーツを探し求める甘いもの好きさんにお届けする本連載。スイーツの歴史研究のみならず、製菓にも精通するお菓子の歴史研究家・猫井登さんが太鼓判を押す、ご褒美スイーツを紹介します。
〈第23回〉「アンリ・シャルパンティエ 銀座メゾン」
アンリ・シャルパンティエは、兵庫・芦屋を本店とする創業56年の洋菓子店。作り立てのデセールを味わえるのは、国内3店舗のみ。なかでも銀座メゾンは、アメリカの人気インターネットメディアで「死ぬまでに一度は行ってみたい世界の洋菓子店」で堂々の1位に輝いたこともある名店。
今回は数ある同店のメニューの中でも特におすすめの3品を紹介したい。
【ご褒美スイーツその①】「クレープ・シュゼット」
クレープ・シュゼットの歴史については諸説あるが、19世紀末のモナコ・モンテカルロで、後にイギリス王となるエドワード7世(当時は皇太子)が、シュゼットという女性を伴って来店した際に、料理人のアンリ・シャルパンティエが作ったデザートとされている。クレープのソースにリキュールを加えてフランベした際に上がった青い炎に皇太子が感動し、そのデザートに「シュゼット」と名付けることを提案し「クレープ・シュゼット」と呼ばれるようになったそうだ。
「アンリ・シャルパンティエ」の創業者である蟻田尚邦(ありた なおくに)氏は、フランス料理店での修業中、このクレープ・シュゼットに魅せられ、後にそのデザートの生みの親であるアンリ・シャルパンティエの名を冠した喫茶店を1969年に芦屋に開業した。すなわち、クレープ・シュゼットは同社のルーツとも言えるデザートなのである。

銀座メゾンでクレープ・シュゼットを注文すると、ワゴンサービスにて目の前で作ってもらえる。銅製の片手鍋に、グラニュー糖とバターのキャラメルソースにオレンジ果汁、コアントローを入れて温めたところに丁寧に手焼きしたクレープを入れ、ソースを絡めながら綺麗に折りたたんでいく。
少し煮込んだところでショーの始まりだ。小鍋に入れたグランマルニエを熱し火をつけたら、クレープを入れた鍋に注ぎフランベ! 青白い炎が上がる華やかなパフォーマンスだ。

フランベが終了したら、鍋から一旦クレープを取り出して、皿の上に綺麗に盛り付け。 鍋に残ったソースを煮詰めてとろみがついたところで、火からおろしてクレープにかけていく。アイスクリーム添えを選んだ場合は、アイスクリームをトッピングして、出来上がりだ!
折りたたまれたクレープにナイフを入れて口に運ぶ。見かけは濃厚なソースだが、オレンジの爽やかな香りと優しい酸味で重さを感じさせない上品な味わいだ。クレープの舌触りは、絹のように滑らか。もっちりとした食感で食べ応えも十分。柑橘とバターの豊潤な香りが鼻腔を通り抜けていく。

聞けば、まずはクレープの原材料である小麦粉選びを徹底。グルテンを抑えることで絹のような滑らかさを実現し、一枚一枚店頭で丁寧に焼き色がつくまでしっかりと焼いて、粉っぽさを残さないようにしているという。
ソース作りについても、手順が決められている。まずはグラニュー糖をキャラメリゼすることで、甘みを抑えつつうまみが増す。バターを入れることで熱の入りをほどよいところで止めて、オレンジ果汁の味わいや爽やかさを生かす。ソースの中でクレープを煮る時間にも細心の注意を払う。煮れば生地は軟らかくなるが、煮過ぎると千切れてしまう。口溶けがよく、かつ千切れない最高の瞬間を見極めるには熟練が必要だと言う。

何より重視しているのが、フランベを行う際の炎の色だ。「赤い」炎でなく「青い」炎。炎が青くなるのは、燃料と酸素が理想的な割合で混ざり合い、高温で完全燃焼している状態で燃料中の炭素が赤熱する前に燃え尽きるためだ。お店ではこの状態を作り出すために、フランベに使用するグランマルニエを別の小鍋で熱し、あらかじめ空気中の酸素となじませることにより青い炎が上がるようにしている。
フランベに使用するリキュールにも抜かりはない。使用する「グランマルニエ コルドンルージュ」は、厳選されたコニャックとカリブ海産のビターオレンジのエッセンスをブレンドした、フランス産のプレミアムオレンジリキュールで、オレンジの風味とコニャックのコクが絶妙に調和する極上品だ。
見惚れていると一瞬で終わってしまう華やかなパフォーマンスだが、背後には、さまざまな工夫や熟練の技があることを知ると興味深い。クレープ・シュゼットには「プレーン」「アイスクリーム添え」のほかに、季節により「清美オレンジ(春)」「白桃(夏)」「洋梨(秋)」「無花果(秋)」「いちご(冬)」などのバリエーションがある。
【ご褒美スイーツその②】「ナポレオンパイ」
ナポレオンパイとは、いちごを贅沢に飾ったミルフィユのことだ。華やかな見た目から「お菓子の皇帝」という意味や、ナポレオンのかぶっていた帽子の形に似ていることから、特に「ナポレオンパイ」と呼ばれる。

しっかりと焼き込まれたパイの香ばしさ、なめらかでコクを感じさせるカスタードクリームのうまみ、いちごの甘酸っぱさ、側面に貼り付けられたアーモンドの香ばしい味わいが渾然一体となって、口中で華やかなハーモニーを奏で、口福に包まれるのだが……「一般的」なナポレオンパイとは、何か異なる“特別感”があることに気づく。断面を観察すると、一般的なナポレオンパイよりも複雑な層となっていることが分かるのだ。
上から、いちごと生クリーム。次に断面を観察すると、パイの下にスポンジケーキ、カスタードクリーム、いちご、コンフィチュール、スポンジケーキ、パイという構造。
話を聞くと、パイ生地にクリームやコンフィチュールが接してしまうと、それらの水分でパイ生地のサクサク感が失われてしまうため、スポンジケーキを挟んでいるのだという。

コクとうまみが感じられるカスタードクリームは、ナポレオンパイ用のオリジナルで、お店で手炊きしたカスタードクリームにバターを合わせた「ムースリーヌ」。フランス菓子で、フレジエという苺のケーキに使われる特別なカスタードクリーム。また、コンフィチュールも自家製だ。
挟まれたスポンジケーキは結果的にミルフィユを大いに食べやすくしている。パイ生地は側面から切るとすっと切れるが、普通に上から切ろうとするとバリバリと割れて食べにくいし、ときには崩壊したり、見た目も悪くなる。そのため、その昔ミルフィユは、お見合いの席では絶対に頼んではいけないお菓子とも言われた。しかし同店のミルフィユは、パイ生地の下や上に挟まれたスポンジ生地がクッションの役割とパイ生地の過度な飛散を防止するので、上からナイフを入れてもさほど見苦しい結果にはならない。メゾンで優雅に楽しめるお菓子となっているのだ。
【ご褒美スイーツその③】「ザ・ショートケーキ」
この季節になると、いちごの旬がやってくることから、ショートケーキも最盛期を迎える。こちらのショートケーキは、一般的なものと比べてワンカットが比較的大きめ。上部にはいちごが3粒ものっている。

ミルキーな味わいの生クリームがふんわりと優しい食感のスポンジといちごの甘酸っぱさとよく調和している。全体的に軽やかで、少し大ぶりでも、あっさりと完食できる。
なめらかな舌触りと口溶けの良さを実現するため、こちらも小麦粉を厳選しグルテンの形成を極力抑制しているという。スポンジの鮮度を大切にするため、焼き上げた後に冷ましたら、すぐにサンドの工程に入るのだそう。

生クリームには、ショートケーキに合うように独自に開発した北海道産のオリジナルクリームを使用し、いちごは旬のものを厳選して使っている。上部の3粒のいちごは、ブランドのロゴマークである「燭台のロウソクの火」を表しているそうだ。
ショートケーキも季節により、メロン、桃、マンゴー、ぶどう、栗などバリエーションが豊富だ。
お土産のスイーツも見逃せない。ゆったりとした時間を過ごせる癒やしのメゾン
「アンリ・シャルパンティエ 銀座メゾン」は、銀座2丁目にある重厚な造りの「ヨネイビルディング」にある。ビルは1階部分が当時のまま保存され、東京都選定歴史的建造物に指定されており、訪れた際には是非外観にも注目したい。

階段を上がり、お店に入ると、すぐ左手にサロンがある。スタイリッシュで洗練された雰囲気のサロンには、大きな窓から陽光が差し込む、開放的で気持ちの良いカウンター席のほか、ガラスで仕切られたグループ用のボックス席も用意されている。そのまま奥に進むとブティックが現れる。

ショーケースには、色とりどりの季節のケーキが並ぶ。もちろん商品のテイクアウトだけも可能だ。さらに奥に進むとギフトコーナーがあり、お土産用に焼き菓子の詰め合わせを購入できる。年間販売個数がギネス世界記録に認定された実績がある「フィナンシェ」等もあるので、忘れないようにしたい。

時節柄慌ただしい毎日を送る人が多いとは思うが、ときには時間をとって、優雅な空間でゆったりとスイーツを楽しんでみてはどうだろうか。
※価格はすべて税込


