とんこつラーメンやもつ鍋など、全国的に有名な料理が多い福岡県。カレーに関しても「九州をけん引する存在でしょう」と言うのは、スパイス料理全般に詳しいカレー細胞さん。そんなカレー細胞さんに、福岡のカレーの歩みやトレンドとともに、さまざまな観点からおすすめの店を5軒教えてもらいました。

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カレー細胞(松 宏彰)
兵庫・神戸生まれ。国内だけでなくインドから東南アジア、アフリカ南端、南米の砂漠まで3,000軒以上を食べ歩き、Web、雑誌、TVなど各メディアでカレー文化を発信し続ける。月に1回、地方の尖ったカレー店をピックアップし渋谷に呼ぶ「SHIBUYA CURRY TUNE」など、イベントプロデュースも多数。TBS「マツコの知らない世界」ではドライカレーを担当。Japanese Curry Awards選考委員。食べログアカウント:ropefish

福岡で本格南インドカレーやスパイスカレー店がなかなか根付かなかったワケ

福岡のカレーと聞いて、門司港の「焼きカレー」を思い浮かべる人もいるでしょう。ただしカレー細胞さん曰く「焼きカレーは、あくまでご当地グルメ。洋食からの流れや地域性から独自に発展した特殊な存在です」とのこと。ということで、まずは近年で福岡全体のカレー文化がどのように発展して今に至るのかを聞きました。

「福岡式スリランカカレー」の発展

「今でこそ福岡のカレーシーンは全国区ですが、東京や大阪などに比べて本格南インドやスパイスカレーといった多様性のあるカレーがなかなか根付かなかったのも事実です。いくつかの要因があって、その一つが『福岡式スリランカカレー 』。これは伝統的なスリランカカレーというよりも、福岡で独自に発展したカレーのスタイルです。

発祥は、1988年にオープンした『東方遊酒菜ヌワラエリヤ』。系列の『不思議香菜 ツナパハ』や、同店出身者の店が福岡以外の九州圏にあるのですが、福岡県民にとってはこっちが身近なスリランカカレーなので、現地式のスリランカカレーはなかなか認知されませんでした」(カレー細胞さん/以下同)

「不思議香菜 ツナパハ」のスリランカヌードルカリー
「不思議香菜 ツナパハ」のスリランカヌードルカリー   写真:お店から

「デリー系」の台頭

そしてもう一つの代表例が「デリー系」。福岡には「カシミールカレー」で有名な東京発祥の老舗「デリー」出身者のレストランが点在し、小倉の「ガネーシャ」(1988年オープン)、福岡市の「ガラム」(2012年オープン)、北九州発祥の「106サウスインディアン」(福岡天神店が2015年オープン)などがこのデリー系にあたります。

「106 サウスインディアン 北九州店」のカシミールカレー
「106 サウスインディアン 北九州店」のカシミールカレー   写真:お店から

「福岡スリランカカレーもデリー系も、人気実力ともにあるんです。ただ市民権を獲得しているがゆえに、それが現地そのままのカレーだと思われてしまった側面も否めません。『106サウスインディアン』も初期はサウスインディアンとうたってはいつつ、本来の南インド料理とは違いましたし。ある意味保守的とも言える先入観があり、本格南インドやスパイスカレー的なお店はなかなか根付かなかったのです」

福岡カレーを“独立”へ導いた二人のマハトマ

カレー細胞さんは「『あんまー』(2009~2014年)という、本格南インドレストランもあったのですが、惜しくも閉店してしまいました」と言います。このように、なかなか革命的な新星が現れなかった福岡のカレーシーンでしたが、そこに風穴を開けた人物が二人いるとのこと。

一人は「スパイスロード」(2006~2014年)の高田健一郎さんです。「高田さんはレジェンド的存在。『スパイスロード』は体調不良で閉店されましたが、営業時は福岡屈指の人気カレー店でした。そして今は『スパイスロード/薬院スパイス』の名で通販とカレー塾をやっています。生徒と一緒に南インド研修に行くなど後進の育成にも熱心で、ここから開業したシェフもいますよ」

バナナメロン
「スパイスロード」のマサラチキンカレー   出典:バナナメロンさん

そしてもう一人は「食べログ カレー WEST 百名店 2020」「The Tabelog Award Bronze」を連続受賞している超名店「Spice&Dining KALA」(2013年オープン)の石川直隆(別名は番長、ボス、きむち沢庵)さんです。

石川さんとカレー細胞さんは15年以上前からの旧友。石川さんがミュージシャンとして東京で活動していたこと、その後目黒で「ホルモン番長」(2005~2010年)、地元福岡に韓国料理店「豚王 -テジキング-」(2010~2013年)を営業し、やがて「Spice&Dining KALA」をオープンしたことなどもよく知っています。

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「ホルモン番長」のバングラディッシュ風チキンマサラ   出典:ropefishさん

「『ホルモン番長』の常連のひとりが僕で、番長は当時から東京の南インド系レストランの店主とも交流があったんです。『ホルモン番長』でバングラデシュ料理を出したこともありましたし。

で、スパイス料理をインプットした状態で福岡に戻ったんですが、前述の通り当時の福岡は南インド料理の不毛地帯。ましてや番長が出店を決めた場所は北九州の郊外も郊外ですから、無謀だと。そこで、サムギョプサルメインの業態でスタートしたんです」

「豚王 -テジキング-」は天神エリアに2号店も出店しますが、やがて本店ではランチにカレーやミールスを提供開始。そしてついには南インド料理に専念することを決意し、満を持して「Spice&Dining KALA」が誕生したのです。

Fisher.Lion
「豚王 中間本店」のミールス   出典:Fisher.Lionさん

「とはいえ最初の1年は、営業日数より来客数のほうが少ないぐらいだったんです。異次元レベルのおいしさに、理解が追い付かなかったんでしょうね。でも番長は信念を貫いてやり続け、次第にマニアを中心に支持を集めました。

そのころは点数が高いけど客数はまばらという状況で、番長は『うちはバーチャル繁盛店だ』なんて言ってましたよ。そのうち、学びに来る人や弟子が増えていって、今や名店を輩出するゴッドファーザー的存在になったんです」

その後、2015年ごろからインスタグラムの影響などで大阪や東京のカレーカルチャーが拡散。福岡でも真の南インド料理やスパイスカレーが受け入れられるようになりました。同時に高田さんと石川さんにインスパイアを受けた後進の店も人気となり、福岡カレーシーンは全国的に知られる存在となったのです。