「森脇さん、凄くいい焼肉屋を見つけました! 肉のクオリティに対して値段が驚くほど安くて、コストパフォーマンスがめちゃくちゃいいんですよ」。日赤通りの人気焼肉店「肉匠 堀越」のご主人、末富信さんが半ば興奮気味にこう語り、炉窯焼きステーキの名店「ヴィティス」の結城壮平シェフも「安くて美味しい」と大絶賛。そして、知人の肉好き編集者からは、とどめのこの一言。「そういえば、『サノマンズ』の高山シェフも『いいね〜』っておっしゃってましたよぉ」

 

な、なんなんだ!? この店は。肉の達人らがこぞってここまで激賞するなんて! 肉ラバーたるもの、これを見逃すわけにはいかないとばかりに早速足を運んでみることにした。ポップな外観

 

浅草駅から歩くこと約15分、言問通りと国際通りが交わるちょうどその角、通り沿いに忽然と現れたのが、噂の焼肉店。その名も「焼肉 BEAST」だ。一見して、カジュアルなステーキハウスと見まごうようなポップな外観。店内も同様で、焼き台がなければそのままイタリアンダイニングとしても充分通用しそうなアーバンな雰囲気だ。

黒板にはおすすめメニューがずらりと並ぶので、お見逃しなく

 

「堅苦しい店にはしたくなかったんです」。溌剌とした笑顔で語るのは、ご主人の山田貴弘さん。31歳の若さながら、既に焼肉歴16年のベテランである。「実家も焼肉店だったので、小さい時から(店中を)ウロチョロしていた」そうだから、まさに筋金入り、いや、サラブレッドと言ってもいいかもしれない。というのも、その実家が他でもない、浅草の老舗「本とさや」なのだ。ここで、肉の仕入れを任されるようにまでなった山田さんだったが、一念発起。独立へと導いたもの、それが太田牛との出会いだった。

 

「初めて太田牛の赤身ロース肉を食べた時の衝撃は、今でも忘れられません。肉質がとてもしっとりしていて、味自体にしっかりとコクがあったんです」。かくして、太田牛にすっかり惚れ込んでしまった山田さん、どうにかしてこの肉の旨さを、もっと多くの人に知ってもらいたい、世に広めたい――そんな一心から、この店を始めるに至ったそうだ。そして今年2月26日、晴れてオープンの日を迎えた。

楽しそうに肉を焼く、店主の山田貴弘さん

 

ところで、山田さんを虜にしたその太田牛とは、いったいどのような牛なのだろうか? その問いに対し、山田さんは次のように説明してくれた。「神戸牛の生産牧場としては、兵庫県内でもトップクラスと言われている『太田牧場』が、自社のプライドをかけ、丹精込めて作り上げた独自の但馬牛ブランドが、この“太田牛です。自家製の炊き餌を与え、ストレスがかからぬよう人里離れた小高い山の中でのびのびと育てるなどきめ細かなケアのもとで育てられた健康な牛なんです」

“とろける牛刺し”1,480円。写真はともさんかく。ユッケも人気

 

3年もの年月をかけて丹念に育てられた牛肉は、熟成された旨味が特徴。「脂の融点が低いせいか、僕自身が食べた感じでは神戸ビーフよりも脂の甘みが強くて溶け具合もいい。そして、肉自体の旨味が脂に決して負けていないんです」との山田さんの言葉を実感したのは、“とろける牛刺し”1,480円だった(太田牧場では生産用食肉加工工場も備え生食にも対応。保健所の厳しい審査にパスした生肉のみを提供している)。山田さんに言われるがまま何もつけずに口に運べば、舌の上で、やんわりととろけた脂の甘みがじわじわと広がっていく。その余韻も美妙。脂は感じるのに、不思議と少しもくどくないのだ。

 

更にその肉質の良さを痛感したのは、黒板に書かれたおすすめメニューから選んだ“太田牛ヒレステーキ”。150gの塊を、山田さんが炭火で直々に焼いてくれる。
ちなみに、カウンター席に座ると肉を焼くのは全て山田さんにお任せとなる。僅か5席のみのプラチナシートゆえ、希望のかたは予約の際に伝えるのをお忘れなく。

“太田牛ヒレステーキ”150g 5,800円。原価率50%のお値打ちメニュー

 

さて、焼きあがったヒレステーキは、真紅の断面も美しく、そのシルキーな舌ざわりには思わず笑みがこぼれる。噛みしめるほどに、品の良い肉の旨味が味蕾の奥底にまでしみわたっていくようだ。これで5,800円。都心のステーキハウスなら、軽く倍近くはするに違いない。

“但馬太田牛5種盛り”2,980円。手前から、イチボ、炙り3秒ロース、厚切り上カルビなど。厚切り上カルビは、サーロインを使用

 

他にも、炙り3秒ロース、ネギ巻きサーロイン、上みすじ、本日の太田牛2種(写真はイチボ、厚切り上カルビ)を盛り合わせた“但馬太田牛5種盛り”は、それそれ2枚つで2,980円、幻の牛タン2,980円、トウガラシステーキ1,580円に太田牛ユッケ1,480円等々。客単価6,000~7,000円というのも頷ける安さだ。

炙り3秒ロースは、タレ味で食べる

“上レバ焼き”1,280円。角が、ピンとたったレバー。新鮮な証拠だ。甘みがあり、どこかフルーティ

 

加えて、隠れたおすすめは内臓類、中でも上レバ焼き。そう、レバーもハツもシマチョウも、基本的にすべてが太田牛なのだ(まれに、仕入れの関係で別の牛の内臓の日もあり)。本来、内臓類はその素性がわからない。芝浦の屠場で、黒毛和牛も交雑牛もホルスタインも内臓は全て一緒に処理されるからだ。だが太田牧場では、自社牧場で育てた牛は全て自社のミートセンターで解体まで行うため、内臓類も太田牛のみというわけで、それがここ「焼肉BEAST」に送られてくるのだ。これも、山田さんと生産者との太いパイプがあればこそだろう。

締めにぴったりの“すだち冷麺”

 

そして、締めには“すだち冷麺”もお忘れなく。太田牛のウデ肉やもも肉、サーロインの筋などでとったスープは、限りなくクリアでスッキリ。そのさっぱりとした味わいにすだちの酸味が爽やかさをプラス。肉でお腹がいっぱいになっても、これは別腹。すんなりと収まるはずだ。

 

5,000円のコースもあり、お一人様でも大人数でもTPOに応じて楽しめる下町ならではの一軒だ。

※価格は税込です。

 

取材・文/森脇慶子

写真/飯貝拓司