【森脇慶子のココに注目】「アマラントス」
店名は花の名。ギリシャ語で“永久にしぼまない”と言われている想像上の花のことで、ヒユ科の植物アマランサスの語源ともなったと言われている。アマランサスの花言葉には“不滅”、“粘り強い精神”の意味もあるとか。そんな永遠に咲き誇る花のように、可憐かつ芯のある料理でグルマンたちの舌を魅了してきた宮崎慎太郎シェフの店が、今年3月、溜池山王から銀座へと移転。新たなステージへとステップアップした。

銀座のど真ん中にありながらビルの入り口は路地裏、という隠れ家的ロケーションに胸を躍らせつつ、最上階まで上がり、エレベーターを降りれば、鏡張りの扉がゲストを非日常の世界に誘い込む。森田恭通氏デザインによる店内は、煌びやかさの中にも銀座らしい気品を漂わせ、これから始まるディナーへの期待を募らせる。

象牙色を基調としたダイニングはオープンキッチン。そして、思わず小さな歓声を上げてしまうのが、壁と天井を飾る大小数々のガラス皿だ。「アマラントスの名にちなんで、花の形をしたバカラのお皿で店内を彩りました」と宮崎シェフ。なんとその数60余り。同じく花をモチーフにした錫のナプキンリングやカトラリーレストが食卓をより華やかに演出、美食のひとときを一層盛り立ててくれる。

アラカルトとコースの2本立てだった赤坂時代と変わって、新天地ではコース1本に注力。スタッフも増え、完成度の高い一皿一皿を提供している。訪れた初夏のある日。キッチンをコの字形に囲む10席のカウンター席は満席。一斉スタートではなく、好きな時間に予約できるスタイルがありがたい。そして、当日のメニューは次の通りだった。
Canapes そら豆/キャビア/トリ貝/パプリカ/フォアグラ
Amuse Bouche グリーンアスパラガス
Carpaccio ひらめ 雲丹 紫蘇
Frites リードヴォー 南瓜 マドラスパウダー
Crustace(甲殻類) オマールブルー ドライトマト エストラゴン
Viande ラカン産仔鳩ロティ
Pre-Dessert 日向夏 澳オリーブ
Grand Dessert ピーチパイン 蜂蜜 メレンゲ
Mignardise ショコラ キャラメル クランブル
これで33,000円。

まず、コースの幕開けの“Canapes”で心を掴まれる。「以前は2〜3品がやっとでしたが、今は5〜6品出せるようになりました」と微笑む宮崎シェフ。純白の大皿に並んだカナッペたちは、キャビアのタルトやパンデピスのチュイルで包んだフォアグラのテリーヌ、パプリカのフィナンシェ等々、まるでプティフールのような愛らしさだ。パティスリーでの経験がある宮崎シェフならでのスターターに早くもワクワク感はマックス。

その後登場した前菜は、花の冠をのせたヒラメのカルパッチョ。軽く塩でマリネしたヒラメの下には叩いた焼きナスが敷かれ、ウニと赤ワインビネガーをミキシングしたウニドレッシングがかかっている。マイクロリーフの紫蘇と花穂紫蘇をあしらった薄焼きのアオサのガレットを上にのせ、こちらも一見してデザートのように仕上げている。

続くリードヴォーの料理には意表を突かれた。リードヴォーとは仔牛の胸腺のことで、ムニエルかフリカッセにすることが多い。しかし、宮崎シェフはこれをフリットに。それもただフリットにしたわけではない。一度ブイヨンで火を通した後、衣をつけて揚げているのだ。カリッと軽やかに揚がった衣にミルキーかつクリーミーなリードヴォー。この対照的な2つの食感が口中で絶妙なコントラストを奏で、思わず頬が緩んでしまう。

うずまきのように描いたソースはカボチャのピュレ。マドラスパウダーとあるようにややカレー風味に仕上げることで、ともすれば甘さに流れがちなカボチャのソースをキリッと締め、リードヴォーのほどよいアクセントとなっている。

魚介の一皿は「身が締まっていて甘みが濃く、別格のおいしさですね」と宮崎シェフが絶賛するフランス・ブルターニュのオマールブルー。今回はこれを、帆立のムースと共にパイで包み込みアンクルートに。絶妙なレア加減に焼き上げたオマール海老のプリッとした歯応えと品のいい甘みもさることながらソースが秀逸。オマール海老の頭や殻からとったビスクソースにシブレットを加えた、いわばオーセンティックなスタイルながら、一つ一つの緻密な作業と繊細な火入れのせいだろうか、古臭さが微塵もない。皿全体にどことなく気品が漂い、佇まいはクラシックでも味わいは現代的なのだ。そう、これこそが宮崎シェフの真骨頂。彼が求める古典とモダンの融合に他ならない。

そっとナイフを入れ、ソースと共に味わえば、ふくよかなソースのコクとシブレットの香りが相まって“これぞフレンチ”という王道の味が舌に広がる。フランス料理の全盛期(日本で)でもあった古き良き“80年代フレンチ”を彷彿とさせる存在感がありつつも、食後は軽やかだ。

メインも、ラカン産の鳩をローストした正統派フレンチを継承。最近は国産食材に特化する店も増えてきているが、宮崎シェフは、いいものなら国境を問わず使う主義だそうで「オマール海老もそうですが、ドーバーソールやブレスの鶏、カナールなどフランス産の食材でなければ出せない味があるんです」とのこと。鳩も然り。血の味が濃く深みのある味わいは、やはり風土が生み出すものなのだろう。

美しい真紅の胸肉はしっとりとレアに焼き上げられ、噛み締めれば鉄分のうまみに満ちた肉汁が優しく味蕾を潤していく。

一方、やや噛み応えのある腿肉は、ジャガイモで巻いてフリットに、と部位の特質に合わせて調理法を変える細やかさもさすが。グリーンの色鮮やかなズッキーニのソースが、初夏らしい軽やかさを演出している。

この後、3種のデザートが出てコースは終了となるのだが、料理の合間に出されるパン代わりのケーク・サレもまた、隠れた名物の一つ。シフォンサレとマドレーヌサレの2タイプあり、シフォンサレは、スタンダードなオニオン、粒マスタード、ベーコンのほか、ドライトマトなどレパートリーは10~12種類。コース内容によって変えているそう。ちなみにマドレーヌはアジョワンシード風味の1種類。

厨房スタッフもサービススタッフも増え、一段とスキルアップした新生「アマラントス」。そこには、躍進する宮崎シェフに常に寄り添い20年余りも苦楽を共にしてきた宮島由香里シェフの陰の力があればこそ。旧「アマラントス」と同様、目の前で繰り広げられる2人のシェフの見事な連携プレーも、また、料理の絶妙なエッセンスとなっている。
※価格は税込、サービス料別