【噂の新店】TORCH

アラカルトメニューが充実

今、時代はアラカルトが主流。近頃オープンしたレストランが軒並みアラカルトにシフトしてきている事実を見ても、それは明白だろう。食べ歩きの先達としては「レストランって、本来そういうものだったよなぁ」と昔を振り返ることしきりなのだが、決して一斉スタートのスタイルを否定しているつもりはない。客側の我儘を言わせてもらうなら、特別なハレの日以外は、やはり(自分の)都合の良い時間に行きたいし、その日の気分に合わせて料理を選びたい。食いしん坊ならば誰しもそれが本音ではないだろうか。

カウンター6席、テーブル18席。奥には個室も完備

そんな日常使いにピッタリの一軒がここ、薪焼きビストロ「TORCH」。4月20日にオープンしたアラカルトオンリーの注目店だ。

実は、この店、星付きレストラン六本木「Metis」の姉妹店。本店はおまかせ一斉スタートの高級店だが、こちらは値段も雰囲気もグッとカジュアル志向。本店の鈴木昌嗣シェフによれば「1人3〜4万円はかかる本店では、ガストロノミー的な料理を望まれがちで、いくらおいしくてもビストロ的な料理は出せません。でも、ステーキフリットのような“ザ・フレンチ”といった料理も捨てがたい。そこで、もっと手頃でラフな雰囲気の店を造りたいと思ったわけです」とのこと。加えて、本店で使いきれなかった食材を回すこともでき、SDGsにも繋がってまさに一石二鳥というわけだ。

外観

場所は同じ六本木。だが、こちらは東京ミッドタウンのほど近く、麻布警察署の裏手に落ち着いた佇まいを見せている。ガラス戸越しに薪が積まれた様子をうかがえる外観、照明に照らされて浮き上がる“TORCH ”の文字に誘われるが如く扉を開ければ、緩やかに湾曲を描くカウンターの向こうで赤々と燃える薪火が印象的だ。テーブル席と個室の用意もあるが、臨場感でいうならやはりカウンターが特等席だろう。

橋本一輝シェフ(39歳)

薪火の前に立つのは、橋本一輝シェフ。イタリアはナポリで修業後、都内のレストランで腕を磨き、直近では、外苑前の薪焼きレストラン「natuRe tokyo」で料理長を務めた実力派だ。ここでは、薪の炎と熾火を操りつつ、素材に応じた焼きを目指している。シェフ曰く「肉は薪火で表面を焼き固めて遠火で火を入れ、休ませてから仕上げに熾火にあて、何度もひっくり返しながらカリカリの層を作るイメージで表面を焼いています」とのこと。一方、魚は皮面を熾火でじっくりパリパリになるまで焼き、8割がた皮面だけで火を入れているそうで、身の方はさっと炙る程度とか。

薪火を巧みに使う

薪は、季節には桜を使うこともあるそうだが、基本的には楢を使用。「香りが欲しい時には炎にかざし、じっくり火を入れたい場合は熾火を使っています」と橋本シェフ。炎で焼くことができる薪火は、炭とは違った香りをつけられるところも魅力だとか。反面、薪火は炭に比べて不安定ゆえ難しい面も多々あるそうで「でも、そこがまた面白いところでもあるんですよね」と笑う。

「スペシャリテ 黒毛和牛A5クリミ『ステックアッシェ』&漬け真っ赤卵」4,950円

数ある薪火メニューが並ぶ中、初めてならば、まずはスペシャリテの「ステックアッシェ」を試してみたい。いわば挽き肉のステーキで、見た目はハンバーグのようだが中身は別物。周りはカリッと焼きつつ、中はかなりレアに仕上げるのが「TORCH」風だ。

肉は本店のステーキに使う黒毛和牛のクリミA5を使用。脂が少なく旨みの濃い上腕の部分で、ここでは、本店でステーキとして出せない切り落としなどの部分をフル活用。クリミのスジからとったフォンを加える以外は100%肉のみ。味付けも塩だけとシンプルなだけに肉の旨みがストレートに口中に広がり、それを薪の薫香が助長する。じわりと滲み出る肉汁も濃厚で、ハンバーグとはひと味違う肉肉しさを楽しめるはず。ちなみにトッピングのヴィヴィッドな卵は“十六代真っ赤卵”。見た目に違わず、非常に濃厚な黄身にはまろやかなコクと甘みがある。この卵を漬けにした後、肉にのせている。最初はそのまま、2口目は黄身をソースにして食べるのも一興だろう。熱々の鉄鍋に入って出されるので、好みの焼き加減に調整すると良いだろう。

「黒毛和牛クリミA5」5,500円

やっぱり塊肉!という向きには、本店と同じ薪焼きステーキの「黒毛和牛クリミA5」もある。

「鰹の薪焼き」1,800円

また、魚介の人気のメニューは藁焼きならぬ「鰹の薪焼き」。鰹は、熾火で叩きよろしく皮面のみを炙った後、イタリアの魚醤・コラトゥーラで味付け。バジルやパセリを合わせた自家製ドレッシングがかかったそれは、思わずワインを呼ぶ味。合わせるなら「ドメーヌ メロディー クローズ エルミタージュ」がお店からのおすすめだ。

「黒毛和牛の赤ワインたっぷりボロネーゼ」2,600円

イタリアン出身の橋本シェフだけに、こちらはパスタやリゾットもしっかりオンメニュー。パスタは浅草開化楼の生麺。厳選した小麦粉を使ったもちもち感とコシの強さが特徴で、ソースとの絡みも上々。初めてならば、まずは「黒毛和牛の赤ワインたっぷりボロネーゼ」を試してみたい。たっぷりの赤ワインで煮込んだ鈴木シェフ直伝の一品で、聞けば、エイジングビーフの挽き肉を使っているのだとか。その深い味わいは、もはやミートソースという範疇を超え、フレンチの“牛肉の赤ワイン煮込み”を彷彿とさせる。このコクのあるソースがもちもちの中太麺によく絡み、満足感もひとしお。ちなみに「黒毛和牛タンの燻製とマッシュルームのリゾット」2,800円も、橋本シェフの自信作だという。

深夜2時までの営業ゆえ、コンサート後の軽い食事や飲んだ後の〆的な使い方もOK。ワインバー的に楽しむも、もちろん、女子会や個室で食事会もできるなど用途はさまざま。その日の気分とお腹具合で自由に楽しめるフレキシブルなスタイルも見逃せない。

教えてくれた人

森脇 慶子

「dancyu」や女性誌、グルメサイトなどで広く活躍するフードライター。感動の一皿との出合いを求めて、取材はもちろんプライベートでも食べ歩きを欠かさない。特に食指が動く料理はスープ。著書に「東京最高のレストラン(共著)」(ぴあ)、「行列レストランのまかないレシピ」(ぴあ)ほか。

※価格は税込。

文:森脇慶子、食べログマガジン編集部
撮影:菊池陽一郎