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本田直之の旅する東京―パスポートのいらない、現地メシ

東京は、世界で一番小さな世界旅行ができる街だ。円安や物価高で、海外へ気軽に食べに行くのは少し難しくなった。けれど東京には、その国の人たちが通い、現地の香りや空気をそのまま残した店がある。
この連載では、世界66カ国255都市を食べ歩いてきた本田直之が、東京に息づく“現地メシ”を訪ねる。現地の人が通う理由、初めて食べるべき一皿、そして料理の背景を、シェフや店主へのインタビューから探っていく。
現地で9軒食べ歩いた、ウズベキスタンの国民食プロフ
今年4月、以前から訪れたいと思っていたウズベキスタンを旅した。目的の一つは、世界遺産にも登録されているサマルカンドのイスラム建築を見ること。「サマルカンドブルー」と呼ばれる鮮やかな青いタイルで彩られた街並みは、想像以上に美しかった。
でも、実は出発前からもう一つ楽しみにしていたものがある。ウズベキスタンの国民食、プロフだ。

旅立つ前から現地のプロフ作りの動画を何度も見ていた。巨大なカザン(大鍋)で肉やニンジン、豆、油を煮込み、その上に米を重ねて炊き上げる。何十人分、時には何百人分ものプロフが一度に炊かれる光景は圧巻で、「これは現地で食べてみたい」と思っていた。
現地では、タシュケント、サマルカンド、ブハラをめぐりながら、9軒のプロフを食べ歩いた。米と具材の重ね方、油の使い方、肉の存在感、ニンジンの甘み。一口にプロフといっても街ごと、店ごとに表情がある。
食べ比べるほど面白く、そのうちビリヤニともピラフとも違う独特の魅力があることに気づいた。ビリヤニのように米が主役だが、味の方向性はまったく違う。スパイスで香らせるのではなく、肉と野菜の旨みを米に吸わせる。記憶に残るのは肉と油とニンジンの甘みだった。
高田馬場に小さなサマルカンドがあった

そんなプロフに、東京で再会できる場所がある。高田馬場の「SAMARKAND TERRACE(サマルカンドテラス)」だ。JR高田馬場駅すぐの雑居ビルの3階へ上がり扉を開けると、そこには小さなサマルカンドがあった。

高田馬場は都内でも本格的なアジア飯が集まる街。その中でも「SAMARKAND TERRACE」は、ひときわ個性を放つ。扉を開けると、耳に飛び込んでくるのはウズベク語やロシア語。客同士やスタッフが交わす会話は、日本語よりも現地の言葉のほうが多いぐらいだ。店内は明るく、カウンターにはウズベキスタンの総菜が並ぶ。壁には現地の写真や楽器、工芸品。現地出身者も、まだ知らない食文化に出会いたい人も、気軽に足を運べる雰囲気がある。

オーナーのアクマル・アリズィクロブさんが来日したのは15年前。留学生時代、故郷の味が恋しくなり、都内のウズベキスタン料理店を訪れたが、自身が慣れ親しんだ味とは違っていたという。
「本当のウズベキスタン料理を日本で紹介したい」
その思いから、2021年10月28日に「SAMARKAND TERRACE」をオープンした。
初めてなら、まずは「プロフ」と「サムサ」を食べてほしい

「SAMARKAND TERRACE」でまず食べたいのは、やはり「プロフ」だ。
プロフはウズベキスタンを代表する米料理。かまどにかけた大きな鍋で肉やニンジン、ひよこ豆、レーズンなどを煮込み、その上に米を重ねて蒸し上げる。現地では羊肉が使われることも多いが、同店では牛肉で提供している。

現地で9軒のプロフを食べ歩き、帰国後も日本でいくつかの店を訪ねた。そのうえで言うと、日本で食べたプロフの中では「SAMARKAND TERRACE」のものがダントツでうまい。
出来上がった「プロフ」は、2〜3時間煮込まれた肉や野菜がとろとろに軟らかい。米の一粒一粒に旨みが染み込み、クミンの穏やかな香りが後を引く。味付けは塩、こしょう、クミンとシンプルだが、要になるのは油の使い方だ。同店では、サマルカンド式の味に近づけるためアマニ油を使っている。

同店の「プロフ」は、具材と米を混ぜ込まず、層にして炊き上げるサマルカンドスタイル。層に分けて炊くことで、米は旨みを吸いながらも粒立ちを保つ。
プロフ目当てなら、ランチかディナーのオープン直後を狙いたい。「SAMARKAND TERRACE」では、プロフを昼と夜の2回に分けて炊いているため、炊きたてに近い香りと米の粒立ちを楽しみやすい。

もう一つ、ぜひ食べてほしいのが「サムサ」だ。名前を聞くと、インド料理のサモサを思い浮かべる人も多いかもしれない。しかし、ウズベキスタンのサムサは揚げるのではなく、層になった生地で肉や玉ねぎなどの具材を包み、香ばしく焼き上げる料理だ。これがめちゃくちゃおいしい。何軒か日本でも食べたが、サムサもここが一番うまい。
サクサクと音を立てる生地の中には、牛肉と玉ねぎの旨みがぎっしり。こちらも味付けは、塩、こしょう、クミンとシンプルだ。素材の甘みと肉の香りが立ち、添えられたトマトソースの酸味が後味を引き締める。

食後には、チャイとともに、店内手作りの「メドヴィー」や「ナポレオンケーキ」、ウズベキスタンスタイルのバクラヴァも楽しめる。なお、宗教上の理由からアルコール飲料は提供していない。
大鍋で作らなければ、本場のプロフにはならない

この店のプロフを語るうえで欠かせないのが、カウンター内の特注かまどとカザンだ。カウンター前の席に座れば、炊き上がる様子を間近に見ることができる。 現地では、人が入れるほど大きなカザンで、何百人前ものプロフを炊く光景が印象的だった。「SAMARKAND TERRACE」の「プロフ」は、そこにどう近づけているのか。アクマルさんに尋ねた。
本田:アクマルさんはサマルカンドのご出身なんですよね。実は、今年4月にウズベキスタンへ行ってきた。
アクマル:旅行で行かれたんですね。いかがでしたか。
本田:サマルカンドには世界遺産を見たくて行ってみたら、そこでプロフに出会った。これがすごく面白い。食は全然期待していなかったんだけど、すごく良かった。
アクマル:プロフは地方によってそれぞれ特色があります。ウズベキスタンには12の州がありますが、それぞれプロフのスタイルは違う。「SAMARKAND TERRACE」のプロフはサマルカンドスタイル。同じウズベキスタンでも、タシケントは具材と米を混ぜて作りますが、サマルカンドは混ぜません。

本田:プロフ料理専門店を9軒回ってきた。人間が入れるぐらい巨大なカザンで、300人前ぐらいのプロフを一度に作る。この大鍋で作ったプロフが、めちゃうまい。
アクマル:この店を作るとき、特注でかまどを作ってもらいました。完成を待つためにわざわざ開業を遅らせたほどです。日本で本格的なかまどを使ってプロフを作っている店は、ほとんどないと思います。プロフは作る量が多いほどおいしくなるんです。大鍋で作らなければ、本場の味は出せない。日本でも昔はかまどでご飯を炊いていたそうですね。形も似ていて驚きました。
本田:今でも寿司店なんかでは、かまどでご飯を炊いているところがある。米は何を使ってるの?
アクマル:カリフォルニアの米です。
本田:バスマティはどう?
アクマル:バスマティやジャスミン米は、米に香りがあるので、味が変わってしまいます。いろいろ試して、本場に一番近い米を使っています。

本田:ウズベキスタンでは黄色いニンジンも使うよね。
アクマル:オレンジ色と黄色、両方を使います。日本のニンジンもジューシーでおいしいのですが、黄色のものはもっと甘さがあります。日本ではなかなか手に入らないので、こちらはまだ課題ですね。あと、欠かせない食材にアマニ油があります。こちらは日本でも手に入りますが、ウズベキスタンのものと少し違う。そのため、ウズベキスタンから取り寄せています。
本田:かまどだけじゃなくて、米も油もニンジンも本場に近づけようとしている。本当に細かいところまでこだわっている。
アクマル:ウズベキスタンから帰国した翌日に、来店してくださったお客様がいるんです。日本に帰ってきたばかりなのに「またプロフが食べたくなってきました」と。日本の料理じゃなくて、ウズベク料理を食べに来たということに驚きましたし、ありがたかったですね。

本田:それは面白いね。ところで「サムサ」もめちゃくちゃおいしかった。「サムサ」も現地には専門店があって、タンドールで焼いているよね。
アクマル:ありがとうございます。実は、8月頃、この店の近くにタンドールを焼いたパンを提供するベーカリーをオープンします。今はサムサやナン(ノンともいう。ウズベキスタンの丸いパン)などをオーブンで焼いていますが、そこが完成すれば、本場と同じようにタンドールで焼くようになります。

本田:本当? いいね! タンドールの強い火力で一気に焼くと、もっとうまくなる。
アクマル:パンはベーカリーだけでなく、こちらの店でも楽しんでもらう予定です。また、同じビルの5階にハンバーガーショップも作ります。
本田:ウズベキスタンスタイルの? どんなバーガー?
アクマル:大きなナンをトーストして、肉やトマトなどの野菜を挟み、特製のソースをかけます。普通のハンバーガーも作る予定です。
本田:それもおいしそうだ。高田馬場でまた新しいウズベキスタンの味に出会えそうだね。


