お菓子の歴史を語らせたら右に出るものはいない!といっても過言ではない、お菓子の歴史研究家・猫井登先生が、現在のトレンドを追いつつ、そのスイーツについて歴史を教えてくれちゃうという、一度で二度美味しいこの連載。第二回テーマは、ちょっぴり秋の気配を感じる残暑に食べたい「アントルメグラッセ」を紹介します。

【猫井登のスイーツ探訪2】美しく華やかに進化するアイスクリームケーキ〜アントルメグラッセ編〜

 

編集(以下、編):秋が近づいてきたので、こってりしたケーキも食べたいなぁと思うんですけど、まだまだ暑くて冷たいお菓子ばっかり選んでしまうんですよね。

 

猫井(以下、猫):「アントルメグラッセ」は、ご存じですか?

 

編:なんですか、そのお洒落な響きの言葉は!?

 

猫:フランス語で、アントルメは「デコレーションケーキ」のこと。グラスは「アイスクリーム」のことで、要は、“アイスクリームのデコレーションケーキ”のことですね。

 

編:アイスケーキは子供のころ大好きでした! でも、あまり売っていないですよね。

 

猫:フランスのパティスリーでは、夏だけでなく、通年で売っているところも多いんですよ。日本では、まだあまり知られていませんけど、近年、春先から暑くなり、残暑も長いので、これからは日本でも注目されてくるスイーツのひとつだと思いますよ。

 

編:ヨーロッパの方では、昔からあるんですか?

 

猫:冷たいお菓子を作るには、冷凍技術が必要なわけで、これが16世紀初頭から中頃にイタリアで発明されるわけです。この頃作られた「ズコット」というお菓子がアイスクリームケーキの祖型だといわれたりしますね。

 

編:ズコットは聞いたことがあります!

 

猫:イタリア菓子で、チョコやナッツを加えて冷やしたクリームをスポンジ生地で包んだドーム型の冷菓ですね。こういったお菓子が、カトリーヌ・ド・メディシスのフランスへの輿入れなどでフランスに伝わり発展していくわけです。18世紀後半には、アイスクリームに果物の砂糖漬けなどでデコレーションされたものがパリで供されたなどの記録がありますね。

 

編:日本ではどうなんですか?

 

猫:日本では、明治2年(1869年)6月(新暦7月)に横浜の馬車道で、町田房蔵という人物が「あいすくりん」の製造発売を開始しました。

 

編:アントルメグラッセは、いつ日本にやって来たんですか?

 

猫:鹿鳴館などでもアイスクリームが供されていたので、デザートしてふさわしいようにデコレーションされていたと思いますが、戦後で、現在に繋がるものとしては、森永乳業から発売された「アイスクリームケーキ」でしょうか。

 

編:いつ頃ですか?

 

猫:1959年ですね。森永乳業の前身である森永食糧工業は1947年に横浜でアイスクリームの販売を開始するわけですが、1950年には本格的に製造を行うようになり、日本全体がアイスクリーム大量生産時代に入っていきます。1959年には、「アイスクリーム=冬からの脱却」と称して、クリスマスやお正月のパーティー用に、アイスクリームケーキを発売しているんです。

 

編:へぇ〜! 日本でも、昔からあったんですね。今のものとは、やはり違っていたんですか?

 

猫:今から60年前ですからね(笑)。最近「アントルメグラッセ」として登場しているものは、従来のアイスクリームケーキと比べると大きく、二つの点で異なっています。一つ目は、「硬さ」。従来のアイスクリームケーキは、溶けないようにと、カチンコチンに冷やし固められていて、切るのも大変でしたが、最近のものは、油脂分や糖分を調整することで、凍っていても切れるような柔らかさになっていて、冷凍庫から出してすぐに切れて、美味しく食べられるようになっています。

 

二つ目は、「構造」。従来のものは、アイスクリームだけで作られているので、1ピース食べるまでに飽きてしまうようなことがありましたが、アイスクリームにシャーベットを合わせ、生地などケーキに使うパーツも使っているので、さまざまな味わいや食感を楽しむことが出来ます。

 

編:かなり進化しているんですね。でも、デコレーションケーキってホールサイズですよね? 一人だと食べきれないかも?

 

猫:生ケーキのホールだと確かにそうですが、アントルメグラッセの場合は、余ったら冷凍できるので日持ちしますよ。それに、ホールといっても、4号(1号=直径3cm。4号=直径12cm)ぐらいの小型のものも多いので、ニーズに合わせて選べばいいと思います。

 

編:へー! 日本で「アントルメグラッセ」が食べたくなったらどこのお店がオススメですか?

 

猫:それでは、とっておきのお店を紹介しましょう。

アントルメグラッセを語る上で欠かせない名店「メゾン ジブレー」

メゾン ジブレーの外観

 

シェフの江森宏之氏は、日本におけるアントルメグラッセの第一人者。「ベルグの4月」「エコール・クリオロ」を経て渡仏され、フランス・メッツにあるMOF、ル・レ・デセールの店「Patisserie FRESSON(パティスリー・フレッソン)」、ベルフォーにあるステファンクラインで2年間修行。

 

シェフの江森宏之氏

 

帰国後は、古巣の「ベルグの4月」でシェフパティシエ、アイスクリームケーキ専門店「Glaciel(グラッシェル)」にてシェフグラシエ・シェフパティシエを3年務められ、独立。フリーの期間には、2015年にミラノ万博にてアイスクリームとチョコレートのワールドカップにて日本代表のチームキャプテンとして出場し、優勝に導いた。

 

店内に飾られたトロフィー

 

そして、2017年7月に自身のパティスリー「MAISON GIVRÉE(メゾン ジブレー)」をオープン。シェフによれば、日本のアントルメグラッセブームは黎明期を経て、第三期を迎えているという。

 

店内ショーケースに並ぶケーキ

 

第一期は、アメリカ系のアイスクリーム会社が日本に店舗展開を始めた、1970年代後半から1980年代にかけて。この頃のアイスクリームは、フレーバーの異なるアイスクリームを組み合わせたもので、まだ食感も硬かった。

 

第二期は、2007年〜2008年頃。本格的なフランス菓子を提供するパティスリーが、お菓子作りに使われる生地やギモーヴといったものを取り入れ、フランス流のアントルメグラッセを紹介した。プロの注目は集まったが、広く一般に浸透するまでには至らなかった。

 

第三期は2014年頃から現在に至るもの。2013年7月、グラッシェルが表参道にオープンし、アントルメグラッセというジャンルが広く一般にも認識されるようになる。

 

店内にはフレッシュなフルーツを使用したジェラートがずらり

 

江森シェフは、まずは「美味しそうな」ビジュアルに注力するとともに、新鮮なフルーツを使ったシャーベットなどを組み合わせ、食感や味わい、溶ける温度、冷たさの違いなどを計算し、最後まで美味しく食べられるアントルメグラッセを目指されている。

 

また、冷凍庫から出してすぐにでも切りやすいよう、お店のアントルメグラッセの多くをリース形にされている。これはどうしても中心部が溶けにくく、切りにくいこと、また同じ形、大きさに切れるようにとの配慮に基づくもの。夏はサマーリース、冬はクリスマスリースに見立てたデコレーションがなされる。

 

「サマーリース マンゴーパッション(5号)」4,104円

 

因みにお店のロゴもリース形となっているが、全国のフルーツ産地などお菓子作りの素材を提供してくれる皆さんと輪になって頑張っていきたいという想いが込められているという。

 

店名の「ジブレー(GIVRÉE)」は、本来、「霧氷で覆われた」などの意味であるが、氷菓作りを意識してこのような名にされたとか。ほかにも、真っ白になる、周りが見えない、などの意味もあるそうで、周りが見えないくらい氷菓の研究をしていくというシェフの決意も秘められている。

 

さて、今回いただいたアントルメグラッセは、「コクシネル・ア・トウキョウ」4,860円という作品。

 

コクシネル・ア・トウキョウ

 

ピスタチオのジョコンド生地にピスタチオのジェラートを絞り、いちごとフランボワーズ(木イチゴ)を組み合わせたシャーベットとバニラのアイスクリームがのせられ、表面にはフランボワーズのゼリーがかけられ、チョコレートでデコレーションされている。

 

コクシネル・ア・トウキョウの断面

 

ピスタチオの風味が生きた生地、みずみずしい味わいの苺とフランボワーズのシャーベットとあっさりとしながらもコクのあるバニラアイスクリーム。味わい、食感ともに従来のアイスケーキとは一線を画す素晴らしいものだった。

 

編:いやー、すごいお店でしたね!

 

猫:シェフにお話をお伺いしていても、アントルメグラッセへの想いというか、気持ちが溢れていて、圧倒されました。

 

編:また別のアントルメグラッセも食べてみたいです!

 

猫:通常、アントルメグラッセは全て予約制&お店では食べられないので、予約してから買いに行きましょう! 通販も出来るので、誕生日などのお祝いにももってこいですね。

※価格は全て税込。

 

取材・文:猫井登

 

撮影:大谷次郎