定食王が今日も行く!Vol.56

働く人を応援し続ける、恵比寿の老舗食堂

創業62年目、恵比寿の主

昭和のまま時が止まったような店内

 

名店過ぎて、これまで紹介せずにいた恵比寿の「めし処こづち」。創業は昭和32年。自分が初めて訪れたのは、再開発が進み、1994年に「恵比寿ガーデンプレイス」がオープンした後。学生時代に読んでいた雑誌に憧れだった大学の先輩がコラムを書いていて、この店が載っていたのがきっかけだ。

 

初来訪の衝撃は今でも覚えている。地方から出てきた学生だった自分には、サラリーマンでごった返す店の暖簾をくぐるにも勇気が要った。暖簾の中はまるで昭和30年代をそのまま残したような映画のセットの世界だ。黒板にずらっと書かれたメニュー、L字のカウンター、「いらっしゃいませ」などなく席に誘導され、ビクビクしながら注文をしたものだ。

「はい、奥へどうぞ」と次から次へ訪れる昼飯時のおじさんたちをさばいていく。この無愛想さに慣れると心地よい。ランチタイムは誰かとのミーティングにするのも良いが、一人の時間としてマインドリセットをするのにも最適だ。どんな偉い人でもこういう食堂に来ると、ただのおじさんであることを思い出すことができる。ホッと一息つけるサラリーマン戦士の休息の空間なのだ。

 

この店で女性を見かけることは、本当に稀だ。一時期、テレビで俳優の松山ケンイチさんが「恵比寿こづちのポテサラが好きだ」と公言したことがあったそうで、その時だけは女性客が“松ケンポテサラ”を食べに行列したとか? 最近訪れた時は相変わらず100%男性だった。こんなに男女平等や多様性が論じられる社会で、こういう空間が生まれるのは興味深い。

ジューシー肉厚な生姜焼きと

最強のポテサラで体に活!

 

この店で自分が一番頼むのは「肉生姜焼き」だ。手のひらよりも大きい豚肉を一枚焼き上げており、とても肉厚でジューシー。

この店の料理は、頼んでから提供までが早い! 凄まじい効率とスピードで動く調理場のお兄さんたちの仕事ぶりを見るのも心地よい。

 

もはや「豚のステーキ」とも呼べそうな肉はとても柔らかい。見た目ほど味付けは濃くもなく、ほどよく生姜と醤油が利いている。ご飯をかき込みたくなる美味しさだ。キャベツの千切りとポテトサラダにまで、タレが侵食している感じも昔ならではの定食らしくて良い。

もう一つのおすすめが、唐揚げ定食。こちらも揚げ物にもかかわらず、かなりのスピードで提供される。柔らかくてジューシーな鳥モモ肉は、甘辛く味付けされており、これがなんとも癖になる!

最近はあまり出会うことがなくなった懐かしいタイプの味付けだ。こちらも白飯をかっこみながら食べたい代物だ。

手作りのお漬物と味噌汁

「カイゼン」され続ける名店

 

定食は一見するとご飯、味噌汁とメインディッシュととてもシンプルに見えるが、細部にこの店ならではの個性が詰まっている。松ケンが惚れ込んだポテトサラダは、これぞ!というほど絵に描いたような模範的な一品だ。味付けも濃すぎず薄すぎず、ジャガイモの食感もほどよく、きゅうりや人参などとのバランスも最高に良い。

テーブルに設置された漬物は、おそらく手作りのもの。人参や白菜と一緒に漬け込まれていて、見た目よりもあっさり、マイルド。いくらでも食べられてしまう。

そして煮干しで出汁をとった豆腐とわかめの味噌汁。煮干し出汁の味噌汁にあまり馴染みがなかった私は、この店でその魅力を初めて知ったと言っても過言ではない。昭和の食卓ではこういった味噌汁が当たり前のように提供されていたのかなと、ふと思う。

そして最後は「日本一美味い」ともいわれる、下町中華“しっとりチャーハン”だ。桜エビ、細かく刻んだなると、紅生姜、ネギなどが入っており、しっとりとしておいしいのだ。テイクアウトも可能だ。この原稿もチャーハン片手に書いている。

 

30代になると仕事の場面でも人としても、成長できる伸び代を少なく感じることがある。ある程度の仕事や、楽しい休日は考えなくてもこなせてしまう。そんな時、街中のパン屋さんのレジ打ちが異常に速いことや、コンビニの陳列が恐ろしく綺麗なことに、ふと「頑張らなきゃ」と背中を押された経験はないだろうか。

 

どんな小さなことにも“カイゼン”の余地はあり、それは自分の人生も同じこと。「めし処こづち」の最大の楽しみは、ご飯だけでなく、お店の人たちの圧倒的なオペレーションだ。「いらっしゃいませ!」の挨拶もないが、大きな声で連携して最短で熱々の料理を提供する。そんな姿が一番胸を打つ。そして行き詰まった毎日の中で、グッと背中を押してくれるのだ。昨年は調理場の人数が減って臨時休業することも増えたとか。これからも変わらず、働くおじさん&おばさんたちを応援する食堂であり続けてほしい。