【森脇慶子のココに注目】「玄月」
“茶菜”という言葉をご存じだろうか。平たく言えば、お茶を使った料理のことで、中国では古くからお茶を用いた料理を食していたようだ。中国茶そのものの歴史も遡れば、紀元前2700年頃からとも言われており、前漢の時代には、既にお茶は商品として取引されていたとの記録もあるとか。当時としてはかなり貴重な飲み物だったことだろう。やがて薬膳的な嗜好も伴ってお茶を使った料理が生まれたと考えても不思議ではない。それが唐代に入ると、お茶は文化として日常生活の中に浸透していき、おそらくはそれと共に茶菜も発展していったのだろう。そんな茶菜を多彩に楽しませてくれる店が、2025年11月10日、西荻窪にオープンした「玄月」だ。

ご主人の張振隆(チョウツェンロン)シェフは、台湾生まれ。15歳から料理の道に進み、現地で修業を積んだ後、修業先で知り合った日本人の奥様と共に来日。張シェフ、28歳の時のことだ。現在は、マダムの金子奈紫来(ナシラ)さんと二人三脚で店を切り盛りしている。そのマダムがこう語る。「中国語の勉強のため台湾に渡り、どうせならお茶の勉強もしたいと思って入った『竹里館』で(張シェフと)知り合いました」

この「竹里館」とは、台湾でも指折りの茶芸館。オーナーの黄浩然(コウコウゼン)氏は、優れた茶師であり、台湾茶のスペシャリスト。香料等は一切使用せずに黄氏自ら焙煎し、天然の香りだけを引き出した台湾茶の数々は、いずれも香り高く味わいも秀逸。そんなお茶の数々を使った料理が「竹里館」の看板料理で、張シェフ自身も、ここで茶菜料理のノウハウを学んだという。

来日後は、幡ケ谷「龍口酒家」他、数店で研鑽を積んだ張シェフだが、その「龍口酒家」で知り合った同僚の榛澤知弥さんが独立の際、彼に請われて「膳楽房」のオープンと同時に同店のシェフに就任。約13年間、腕を振るった後、晴れて独立を果たしたという次第だ。
老舗の町中華からガチ中華、そしてお洒落なモダンチャイニーズまで小体な優良中華料理店が立ち並ぶ西荻窪界隈。その中に新規参入するとあっては、何か特徴のある店にしなければ埋もれてしまう……。そう考えた張シェフ、昔取った杵柄で“茶菜”こと茶葉料理を前面に押し出すことにしたそうだ。

調理担当は張シェフ1人ゆえ、メニューの数はそれほど多くはないものの、前菜9品、点心3~5種、一品料理が14品ほどに麺飯5種のアラカルトメニューは立派。選ぶ楽しみを充分満喫させてくれる。チャーシュー、焼売、麻婆豆腐と馴染みのあるアイテムは踏まえつつ、同店ならではのオリジナル料理が随所に盛り込まれた献立表は、一見、地味なようでいて、その実、かなり魅力的。というのも「大山鶏モモの紅茶炒め」や「海鮮玉子炒め烏龍茶風味」等々、初めて見る茶葉料理の数々が食的好奇心を刺激するからだ。
そこで、早速「海鮮玉子炒め烏龍茶風味」1,500円と「大山鶏モモの紅茶炒め」1,500円の2品を頼んでみることにした。使っている中国茶も先の「竹里館」から取り寄せていると聞き、それならばとドリンクも中国茶(800円~)をオーダー。東方美人茶(白毫烏龍茶)、清香四季春烏龍茶、凍頂烏龍茶など7種ほどがそろう中、海鮮玉子炒めに用いる烏龍茶が高山茶と聞いて、同じ高山茶にすることにした。

お茶はマダムが担当。「竹里館」で台湾茶を勉強しただけにお茶の入れ方もさすが。おいしいお茶を淹れてくれる。「茶葉によって多少お湯の温度は変わりますが、基本的に台湾茶は90~100度の熱湯が適しています。あとは、茶葉の量と抽出時間がおいしく入れるポイントですね」とはマダムからのアドバイスだ。

ちなみに高山茶とは、標高1000m以上の高地で栽培されるお茶の総称で、今回は阿里山樟樹湖烏龍茶を使用。この高山茶は、台湾南部の嘉義県の標高1300~1500mに及ぶ高地で栽培されているお茶で、霧の深い場所で育つため茶葉が柔らかくうまみも凝縮されるとか。「蘭の花のような爽やかな香りが特徴ですね」と言いながら淹れてくれた阿里山樟樹湖高山茶は、言葉に違わぬ香りの高さ。馥郁とした香りに思わず陶然となる。

見た目は蟹玉のような烏龍茶風味の海鮮玉子炒めを食した後にいただけば、料理が醸す茶葉の余韻を受け止めつつ更に風味を広げ、この上ないマリアージュを楽しませてくれる。

続いて登場したのは「大山鶏モモの紅茶炒め」。竹里館でも人気のメニューだったそうで、使っているのはなんとダージリン! 意外なようだが、思えば紅茶のルーツは中国茶。16世紀後半~17世紀にかけて福建省武夷山で誕生した正山小種(ラプサンスーチョン)がその元祖といわれていると聞けば合点がいく。

鶏腿肉は塩、胡椒、醤油などで下味をつけ、しめじと共に一度油通しをしたら、仕上げにネギや万能ネギと共に軽く炒め合わせ、アッサム紅茶を投入。この時、お茶と共に粉末にした茶葉も入れるところがミソ。これでグッと風味が高まるわけだ。最後にややとろみをつけて完成。立ち上る芳香に包まれ、一口食べれば、俗にモルティーとも呼ばれる麦芽に似た甘く香ばしいダージリンの香りと、炒めた醤油の香ばしさが相まって見事なマリアージュを見せる。単に香りだけではないコクと深みが魅力の一品だ。

コクといえば「牛ホホのプーアール茶煮込み」も然り。牛頬肉の塊を醤油や塩など定番の調味料に、台湾の米酒や長ネギ、生姜、更には甘草や陳皮といった生薬も加え、プーアール茶で蒸し煮すること約1時間半。煮汁にプーアール茶の粉末を入れたソース、炒めた青菜を添えて提供している。

直に火にかけて煮込むのではなく、蒸しながら間接的にじんわり火を入れることで、少しもパサつくことなくしっとりとした柔らかさに仕上げている。ゼラチン質を含んだ頬肉の滋味豊かな味わいを、どこか土の香りを感じさせるプーアール茶がグッと底上げし、印象深い逸品となっている。

同店のもう一つの味といえば、台湾料理。中でも印象に残ったのが「牛モツと酸菜生姜炒め」だ。現地では、家庭や熱炒(居酒屋)で親しまれている料理で、張シェフは自家製の発酵キャベツを使用。ガツ、大腸、小腸と3種のモツは、あらかじめ長ネギと生姜と共に約1時間半ほど下ゆでし、余分な脂分や臭みはきれいに取り除かれている。

このモツの、柔らかく、それでいて弾力を残した食感が絶妙。酸菜の爽やかな酸味がモツのうまみと好相性。ホルモン好きなら、箸を持つ手が止まらなくなること請け合いだ。

〆には「龍口酒家」の流れを汲む「里麺(リーメン)」をぜひ。緑の麺はクロレラ入り。具は細切りのチャーシューと搾菜のみのシンプルさながら、ファンの多い佳品。シンプルなだけに、麺の茹で加減、冷やし加減、そして混ぜ合わせ方が味に微細に作用する。

張シェフ曰く「麺はしっかり冷水で締めること。混ぜる時は、空気を含むようなイメージでふんわり合わせるようにしています」とのこと。こうしたきめ細かな配慮が飽きのこないおいしさを生み出しているのだろう。

料理は全体的に薄味仕立て。いずれの料理も、下拵えの丁寧さが伝わる優しい味わい。それは、そのままご主人・張シェフの人柄に通じるのかもしれない。
※価格はすべて税込


