【森脇慶子のココに注目】「Amber Trip」

店名だけではどのジャンルかよくわからない注目のニューフェイスは、今年の2月2日にオープンしたばかりのモダンチャイニーズレストラン。店名の“Amber(アンバー)”とは琥珀色のことで、温かみのあるその色合いは、悠久の時が育んだ宝石にふさわしく、成熟、安心感、高級感を想起させる。

2026年2月2日、西麻布の地にオープンした「Amber Trip」

そんな琥珀のイメージそのままに、無機質な中にも落ち着きがあり、ソフィスティケートされた店内はシックな雰囲気。宵闇が迫る中、隠れ家のようなこの空間で味わう美食とワインのひとときは、西麻布という立地も相まって、非日常の世界へと誘うには十分だ。しかも、この設えでコースとペアリングを合わせても2万円前半となれば、ブックマークは必須。予約が取れなくなる前にしっかりチェックしておきたい一軒だ。

店内はテーブル、カウンターを含め全24席

全20品からなる少量多皿コースを託されたのは、平野智也シェフ(39歳)。小学生の頃から料理が大好きで、台所に立つ母の手伝いをするのが楽しかったという平野シェフは、高校卒業後、迷うことなく調理師専門学校へと進み、アルバイト先だった「スーツァンレストラン陳」にそのまま就職した。「最初はフレンチもカッコいいなぁと憧れたのですが、やはり自分が好きな中華料理に進むことに決めました」と語る通り、中華の巨匠・菰田欣也シェフのもとで12年余り修業を積み、中華の基礎をその身に叩き込んだ。

平野智也シェフ

その後、新富町「東京チャイニーズ 一凛」に入り、有楽町「TexturA(テクストゥーラ)」の厨房を任される。ここで3年間腕を振るった後、再度菰田シェフの門下に入り「4000 Chinese Restaurant」でさらに研鑽を積み、今年2月、晴れてここ「Amber Trip(アンバートリップ)」の料理長に就任。自身にとっては初めての少量多皿中華に挑戦することとなった。

「フォアグラ 甘海老」

「おまかせコースは、アミューズ的な『ピーカンナッツの飴炊き』に始まり、デザートまで全部で20品。季節感を盛り込みつつ、味や食感に緩急をつけ、最後まで飽きずに食べていただけるよう心を砕きました」という平野シェフの言葉通り、メリハリのついた構成は、皿を重ねるごとにゲストのテンションを上げていく。

紹興酒で漬けた甘エビはとろけるような食感が魅力

一皿のサイズは小さいものの、インパクトは大。紹興酒風味のフォアグラ最中と甘エビの紹興酒漬けを組み合わせたイノベーティブな一品もあれば、「よだれ鶏」や締めの「麻婆豆腐」といったスタンダードな味まで、バリエーション豊かな皿の数々にシェフの実力が窺える。しかも、その一つひとつの味の落としどころ、調律が実に見事だ。

「よだれ鶏」

例えば、奈良のブランド地鶏・大和肉鶏を使った「よだれ鶏」は、鶏のしっとり感もさることながらタレに技あり。甜醤油(テンジャンユ)をベースに、黒酢とピーシェン豆板醤、さらに花椒、陳皮、ローリエ、カルダモン、フェンネル、クローブなど13種のスパイスを加えたタレは、香りに奥行きと余韻があり、地鶏ならではのうまみをしっかり受け止め、引き立てている。残ったタレに、豚と海老がみっしり詰まった自家製水餃子を投入するサービスも、食いしん坊にはうれしいサプライズだろう。

また、キャビアをあしらった冷製イカ墨ビーフンの「漆黒」、唐辛子に埋もれて登場する「辣子鶏(ラーズーチー)」など、意表を突く演出も見逃せない。中でも驚かされるのが「酢豚」だ。目の前に置かれた器には、氷が一面に敷き詰められている。恐る恐る氷をかき分けると、ボール状の酢豚が姿を現した。

「酢豚」

この奇抜なパフォーマンスは、決してこけおどしではない。聞けば、酢豚の衣は飴がけされている。平野シェフ曰く「中華の技法である“抜絲(バースー)”を酢豚に応用してみました」とのこと。抜絲とは、中華デザートの定番「さつまいもの飴炊き」に使われる手法だ。揚げた食材に高温の飴を纏わせ、氷水で急激に冷やすことで外側をパリッとさせるわけだが、これを酢豚に応用したセンスはお見事。口にすれば、衣のカリッとした歯応えと豚ヒレ肉の柔らかな食感との対比が実に楽しい。一見、奇を衒っているようで、そのメソッドは伝統的な技法に忠実。理にかなった一皿なのだ。

「麻婆豆腐」

締めの「麻婆豆腐」も「四川飯店」譲りの正統派。コースの最後ということもあり、辛さをやや抑え、全体的に軽く仕上げているそうだが、それでも麻辣(マーラー)感は十分。テーブルに置かれるやいなや立ち上る香気が、満腹気味の胃袋に新たな隙間を作ってくれる。

満足感たっぷりの麻婆豆腐はコースの締めにピッタリの一品

「四川料理で重要視されるのは、香りと色。いかに綺麗な赤を出すかが腕の見せどころであり、おいしさの秘訣なんです」と語る平野シェフ。なるほど、小椀に盛られた麻婆豆腐は鮮やかな赤が印象的だ。クリアな色合いそのままに後味も軽やか。豆腐本来の味わいも損なわれることなく、痺れる辛さの奥に、2種のピーシェン豆板醤が生み出すコクが後を引く。

辛さを抑えたコクのある麻婆豆腐はご飯が進むこと請け合い

思わずご飯を欲する味だが、そのご飯も土鍋で炊きたてが提供される。お米は山形県産の「つや姫」。白飯のままでも十分すぎるほどおいしい。

炊きたての土鍋ご飯に使用するお米は山形県産のつや姫

締めはこのほか、シンプルな「ねぎそば」が登場し、デザートでフィナーレを迎える。これでコース16,000円。

ソムリエが厳選したアルコールが少量多皿の中華料理の魅力をグッと引き上げる

「おまかせコース+ペアリング」は、ワインをメインに紹興酒やカクテル、ビールを交え、デザートの甘口ワインまで9種前後が供されて23,000円。季節が変わるごとに再訪したくなる一軒だ。

※価格はすべて税込、サービス料別

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文:森脇慶子、食べログマガジン編集部

撮影:佐藤潮