2026年4月

朝「伊勢屋食堂」(東京・大久保)

外観 写真:お店から

外食とは、非日常の喜びを楽しむことである。豪華なグランメゾンや高級中国料理もその一端だが、日常で気軽に味わえるのは、朝食ではないだろうか。

朝から自分の住む街を離れて、朝ごはんを食べに出かける。どんな食事だろうと、そこには計り知れない非日常が待っている。

今朝は、大久保にある青果市場、中央卸売市場淀橋市場にやってきた。目指すは、市場入り口脇にある小さな大衆食堂「伊勢屋食堂」である。

ずらりと並ぶお品書き 写真:お店から

さあ何を食べようか。丼もいい、とんかつもいい、マグロ刺身定食もいい、カキフライも食べたい。ずらりと並ぶお品書きを見ながら、悩みに悩む。

迷った挙句、名物の「肉豆腐定食」をお願いすることにした。中鉢に入れられた肉豆腐は、こんもりと盛られて、登場する。「さあ! ご飯を存分にかきこめ!」と言われているようなお姿に、鼻息が荒くなる。玉ねぎ(季節がわりで下仁田ネギ)と牛バラ肉、絹ごし豆腐の煮込みは、甘辛い味わいで、猛烈にご飯が恋しくなる。ご飯のサイズが5段階になっているのも優しい。

「肉豆腐定食」

おしんこは、きゅうりとナス、ナスとニンジンなど選べるようになっており、珍しいゴーヤとナスの組み合わせを試したが、ゴーヤの苦みとナスの甘みの相性が良く、おいしかった。味噌汁は豆腐とわかめである。

朝5時ごろ開店、14時のラストオーダーだが、なるべく朝早く、活気のあるうちに行くのがいいだろう。

「イワシのフライ」

青果市場ということで野菜料理に注目されがちだが、黒板に手書きされる「本日の魚料理」が素晴らしい。珍しい「イワシのフライ」は、ふっくらとしていて、何もつけずともイワシのうまみだけで充分な味わいで、鮮度の高さがうかがえた。また「本マグロの刺身」は2,000円と一見高く感じるが、赤身、中トロ、トロの盛り合わせで、質と量を考えればお値打ちである。

「本マグロの刺身」

肉よし、魚よし、野菜よし。三拍子揃った定食屋で、朝から力をつけにまた来よう。

昼「御食事処ときわ(東京・京成高砂)

「オムライス」

「オムライス」にやられた。定食屋の安い「オムライス」である。

どの町にでもあるような、普通の大衆定食屋のオムライスには、ケチャップがかかっていなかった。周囲に、トマトソースが流されている。甘酸味が強いケチャップを使ったチキンライスを、ソースがやさしく包んでまろやかになり、なんとも優しい。

それでいながら、もう一口もう一口と、スプーンを持つ手が止まらなくなる勢いがある。穏やかな味わいなので、酒の肴にもなる。

ご主人に聞けば「ケチャップライスにケチャップをかけるのは、どうも納得がいかない」という思いで、自家製のトマトソースを添えたのだという。これはただものではないと思った。

「チャーハン」

次は「チャーハン」にもやられた。塩加減がいい。強すぎず、弱すぎず、米と卵の甘みが生きている。中華料理店のパラリではなく、ふんわりと炒められているのも、その優しさを増幅している。焼き飯とチャーハンの中間的立ち位置で、ナルトと煮豚、ネギだけの具も正しい。

「サバの味噌煮」

「サバの味噌煮」にもやられた。味噌煮というより、鯖の味噌煮と味噌ソースである。つまり、Maquereau mijoté à la sauce misoだな。おそらく味噌で煮込んだ汁と、ソースは別なのだろう。だからこの料理もまた、心を温かく包み込んでくれるのだった。

店名も気に入った。大衆食堂なのに「御食事処ときわ」と名付けるところがいい。

「ゆっくりお仲間と食事を楽しんでください」

そんな店からの気心が、味に染み出している。

「定食屋の炒飯やレバニラ、オムライスやナポリタン、とんかつやカツ丼は、中華料理屋や洋食屋、とんかつ屋より一段下に見られがちです。でも私は、それではいけないと思い、工夫を凝らしています」。長年定食屋をやられているご主人は、そう言葉を強められた。

「かつ煮」

名物「かつ煮」もおすすめである。朱塗りの蓋つき鍋で運ばれ、蓋をとると湯気が顔を包む。湯気越しに、揚げたてかつの茶と卵の白と黄色が浮かび上がる。

「ごくん」

思わず喉が鳴った。

食べれば衣は、一部がカリッとした食感を残しながら、煮汁と馴染んでいる。その煮汁が、濃すぎず薄すぎず、ちょうど酒を呼ぶ塩梅なのが良い。肉は薄いが、味わいがある。ご飯にも日本酒にも合うカツ煮である。くたりとなった玉ねぎの煮え具合、玉子の閉じ具合もよく、丁寧さが伝わってくる。


かつ煮だけでない。レバニラもチキンソテーも、オムライスもチャーハンも、肉豆腐も鯖の味噌煮にも、すべてに工夫があっておいしい。

ごっち
外観   出典:ごっちさん

いい店を見つけちゃったな。今度は夜に飲みに行こう。

夜「えんらい」(東京・渋谷)

外観
外観   写真:お店から

雨に濡れた夜の路地に、灯された看板が映り、情趣が浮かび上がっている。そんな光景に引かれ、思わず入った。初めて伺う店である。

店に入ると、左側がテーブル席で、奥がカウンター席、店内中央には燗付け器が置かれ、それを囲むように、小さなコの字カウンターが配置されていた。コの字カウンターの端席に案内される。

内観
内観   写真:お店から

目の前では、お燗番の女性が丁寧な仕草でお燗をつけていた。その一挙一動に、無駄がない。酒燗器に入れたちろりに酒を注ぎ、温度計で測りながら燗をつける。適温で引き上げるが、必ず盃に注いで、一口確かめる。流麗な所作に見惚れた。酒を生かすのがうまい。

酒は、日置桜、睡龍、大号令をつけていただいたが、どれも温度がピタリと決まって、体と心をもみほぐす。

温度がぴたりと決まっている

肴は、冷奴にポテサラ、鯛の刺身、おでんの大根、メンチカツをいただいたが、どれも味が決まっていて、燗酒を後押しする。

「メンチカツ」

最後にもう一本飲もう。

「すいません。もう一本いただきたいのですが、一番お好きなお酒はなんですか?」

彼女はふわりと笑って「わたしは旭菊が好きです」と、久留米の酒をあげられた。燗が上がると、自らお酌をしてくれる。平杯の盃で飲むと、米のたくましいうまみが、まろやかに流れていく。「酒は純米、燗ならなおよし」とする旭菊が、ほろ酔いの頭をふわりと抱きすくめる。

目の前でお燗がつけられる

米のうまみを素直に醸す誠実さと繊細さが、お燗番の彼女と重なって、僕の心をゆっくりと、解きほぐしていった。

教えてくれた人

マッキー牧元
株式会社味の手帖 取締役編集顧問 タベアルキスト。立ち食いそばから割烹、フレンチ、エスニック、スイーツに居酒屋まで、年間600回外食をし、料理評論、紀行、雑誌寄稿、ラジオ・テレビ出演。とんかつブームの火付け役とも言える「東京とんかつ会議」のメンバー。テレビ、雑誌などでもとんかつ関連の企画に多数出演。

※価格は税込です。

文・写真:マッキー牧元