【森脇慶子のココに注目】白金台 桜井

白金台駅、恵比寿駅に目黒駅。どの駅からも歩いて10分以上はかかる足の便の悪さにもかかわらず、今、フーディーたちが注視する一軒が、ここ「白金台 桜井」だ。

2026年2月4日にオープンした「白金台 桜井」

「料理さえおいしければ足の便は関係ないよ、というお客様のお言葉もあってこの場所に決めました」。清々しい笑顔でそう語るのは、若き店主の桜井智輝さん、29歳だ。まだ30歳手前とはいえ、キャリアは10年以上。滋賀県時代の「しのはら」を皮切りに、「祇園 又吉」「銀座 きた川」、そして独立前には、外苑前のイタリアン「いんぼすこ」でも研鑽を積んだ経験の持ち主だ。料理人を目指したのは高校生の時。「父親も和食の料理人で、潜在的に料理を身近に感じていたのかもしれませんが、料理人になったら食いっぱぐれることなく、毎日タダでごはんが食べられるなぁ~と漠然と思ったんです(笑)」

店主の桜井智輝さん

滋賀出身ということもあり、高校を卒業後、地元で評価の高かった「しのはら」に弟子入り。「ここで、和食のいろはをきっちりと叩き込まれました。料理に対する姿勢というか、背骨を作ってもらったと思っています」と桜井さん。ここで2年弱基礎を積んだ後、「祇園 又吉」の門を叩く。その後、東京へと進出した「銀座 しのはら」で再度、薫陶を受け、「銀座 きた川」のオープニングスタッフに。さまざまな経験を積み、今年2月、自力で独立を果たした。「最後に『いんぼすこ』で研修したのは、和食以外の世界を見てみたかったのと、ピンの食材に触れてみたかったからです」と桜井さん。より良いものを見て食べて感じること。それが料理への糧となるのだ。

お店はどの駅からも離れた場所にあるにもかかわらず、フーディーたちの間で話題の新店となっている

閑静な白金の街並みに溶け込むかの如き清楚な佇まい。白い暖簾も潔く、引き戸を開ければ、一枚板の見事な檜のカウンターが目に留まる。「以前、お寿司屋さんだった場所の居抜きなんです」との一言に納得。そう、割烹にしてはカウンターがフラットなのだ。が、かえってそれがゲストに親近感を与えてくれる。

寿司屋の居抜きを生かした檜のカウンターは全8席

コースは、先付からデザートまで全12品で33,000円。撮影当日は、先付に「春キャベツの焼き葛餅」(季節の葛餅が定番とのこと)が出た後、雛壇飾りもかくやと思わせる八寸が運ばれてきた。思わず歓声の上がる艶やかさは、さすが「しのはら」譲りといったところだろう。「都会にあって、少しでも季節を感じていただけたら」との桜井さんの言葉通り、桃の花や旬の素材が彩りも美しく盛り付けられている。

八寸

左の小鉢にはタラの芽、こごみ、蕨などの山菜の胡麻和え、中央の扇面の器には、軽く燻製にしたホタルイカや鯛の子の旨煮、蛸の柔らか煮等々9種類ほどの前菜が並び、右の小鉢には鯛のあん肝和えを忍ばせてあるといった塩梅だ。

美しい盛り付けと旬の食材を使用した八寸は春の訪れを感じさせてくれる

「味の濃淡や、甘酸のバランスなども考えつつ献立を決めています」と桜井さん。ゆっくりお酒と珍味を楽しんだところで、次に登場したのは、スペシャリテの一つ「すっぽんの春巻き」。結構攻めのメニュー構成だ。

すっぽんの春巻き

すっぽんは長崎・島原から取り寄せたもの。1.5~1.8kgの大きめのすっぽんを選んでいるそうで「だしが一番出て、身も硬くならないサイズを選んでいます」とのこと。これを捌いた後、まずは水だけでアクを取りつつ煮込み、次に酒と昆布で更に弱火でじっくり煮詰めていく。こうしてすっぽんのゼラチン質を抽出したところで身だけを取り出し、春巻きの具に活用。すっぽんのねっとりトロトロの食感とサックリ揚がった春巻きの皮とのコントラストも絶妙だ。

コンソメのジュレ

そして、この後に出されたのが、同じすっぽんで作ったコンソメのジュレ。下にはカリフラワーと里芋のムースを忍ばせている。先のすっぽんを煮て残っただしの二次活用。すっぽんの煮汁に香味野菜を加え、再度煮込んで仕上げている。「実は『銀座 大石』さんにも研修に行かせていただいたことがあり、大石シェフの“ウニのコンソメジュレ”にヒントを得て作ってみました」と桜井さん。

遊び心のあるすっぽん料理2品で、舌も心もほぐれたところで、和食の華“お椀”は正統派。利尻の一等昆布に羅臼昆布を合わせ、コクと深みを増しただしが桜井さん渾身の一杯だ。続いてお造りは“平貝の磯辺焼き”。軽く炙ることで、貝の甘みを引き出している。ただ切り付けただけでなく“そこに一手間加えてお出ししたい”というのが、桜井さんのポリシーのようだ。

フグの唐揚げの土鍋ご飯

「伊勢海老のサンドイッチ」や「鮑の飯蒸し」、メインの肉料理と続き、いよいよクライマックスは土鍋ご飯。意表を突く品々が多かっただけに、さぞや土鍋ご飯も……との期待に応えるかのように、土鍋の蓋を開けるや、目に入ったのはなんと唐揚げ! それも、大ぶりのフグの唐揚げがご飯の上に威風堂々と鎮座しているのだ。

たっぷり入れた三つ葉とだしを吸ったお米、フグの唐揚げの香ばしい香りがなんとも食欲をそそる

これまで数々の土鍋ご飯を口にしてきたが、フグの唐揚げご飯は初体験。「お米は滋賀のコシヒカリ。だしと酒、みりんで炊いた上に唐揚げにしたフグをのせています」。そう語りながら、フグの身を丁寧にほぐし、ご飯とサックリ混ぜていく桜井さん。共に混ぜる三つ葉の緑が初々しい。ご飯は、白飯も用意。牛の時雨煮やおじゃこをお供にいただけば、何杯でもいけそうだ。

ついついおかわりしてしまいたくなる、贅沢な味わいの土鍋ご飯

そして、食後の甘味にも桜井さんらしい一品がお目見え。素朴ながら故郷滋賀の名物「糸切餅」をデザートに出しているのだ。

糸切餅

滋賀県多賀大社にまつわる名物で、本来は米粉の餅でこし餡を巻き、上に青、赤、青と3つの細い筋を引いたもので、これを糸で切るわけだが、蒙古襲来の折り、平和祈願のために神前にお供えしたのが、そもそもの始まりとか。餅に描いた3つの筋を蒙古の旗印とみなし、供える際に弓の弦で断ち切ったことに由来すると言われている。桜井さんは、これをややアレンジ。求肥でこし餡を巻き、クリームチーズを忍ばせて味に抑揚をつけている。餡はもちろん自家製だ。

日本酒は半合1,100円〜

「『銀座 しのはら』の大将には、常々“気合いと根性”と言われてました。おいしい料理を作ることは言わずもがなですが、自分が作りたい料理を押しつけるのではなく、お客様が食べたい料理を作り、喜んでいただくことをモットーにしていきたいです」と語る桜井さん。新境地のこの店では、同じ和食の料理人である父親と共に厨房に立つ。そんなアットホームな雰囲気も魅力だろう。

※価格は税・サービス料込

食べログマガジンで紹介したお店を動画で配信中!
https://www.instagram.com/tabelog/

文:森脇慶子、食べログマガジン編集部

撮影:佐藤潮