肉をおいしく食べるために存在する店
赤羽駅から徒歩10分強、住宅街の一角にちょっと変わった肉の店があります。「おいしい肉が食べたい」という店主の平田創士さんの思いから熟成肉を扱う精肉店として2021年にオープンした「クラフトミートラボ」。本来ならここは仕入れた肉を熟成、加工、出荷する工房ですが、月に数日、レストランとして営業していると肉好きフーディーの間で超話題なのです。
平田さんは肉好きが高じてIT業界の会社員から焼肉店のオーナーに転身、“肉道”を歩み始めます。しかし世の中はコロナ禍真っ只中、営業がままならない日々が続きましたが、肉業界1年生の平田さんにとっては仕入れが容易となり、肉の勉強や調理する時間も十分に取れ、逆に好都合だったと話します。おいしい肉を提供できて店が繁盛すると、次は自身でおいしい肉を作りたいと研鑽を積みます。ついに脱水させることでうまみが強く味の濃い肉が仕上がることに到達するとこの理想の肉を本格的に販売するための加工室として「クラフトミートラボ」を開業しました。
肉の加工は最初の水分調整を行うことから始まります。酸化させないようにと自身で窒素ボンベをつけた“改造冷蔵庫”で4日かけて一気に乾燥させた後は逆に乾燥が進まないように真空パックして保存、熟成が始まります。2〜4週間かけて電磁波や超音波のエネルギーを使いタンパク質を分解させ、最後の水分調節をして平田さんの「クラフトミート」は完成します。
熟成香がほとんど立たないクラフトミートは和牛の香りが損なわれずに驚くほどやわらかくうまみたっぷり。また熟成させると褐色になりますが肉本来の美しい色を保っているのも魅力的です。
「おいしい肉ができると次はそれをおいしく食べる調理法を追求したくなったんです。でもここには2人しかいないので試食できる量に限界があって」と、2022年の夏頃から月に数日、1日1組限定で予約を取るラボを兼ねたレストランをスタート。初めこそ友人の来店でしたが、その輪はあっという間に広がり、今では予約受付開始から1時間以内に席が埋まってしまうという人気ぶりです。
コースの前半は“実験後”の完成された料理
こちらは10〜13品の料理と飲み放題で15,000円のコースのみ。前半は実験して評判が良かった料理をテーブルで食べ、後半は厨房へ移動して試行錯誤中、もしくは初めて作るものを実験し、前半に“昇格”できる料理に仕上げるという風変わりな内容です。
本日は前半に「豆苗ナムル」「2種のセンマイ刺し」「しゃぶしゃぶ」、後半に「肉寿司」「和牛と豚肉のロースト食べ比べ」を用意。こちらは一見、普通に調味料を和えた豆苗ですが、食べるとただものではない味と食感だったのです。その秘密は調理法にありました。
それはゆでた豆苗をオリジナル真空機に入れ空気を抜き、空気を戻す時に牛コンソメと鰹と昆布を混ぜた出汁を吸わせることで瑞々しさとシャキシャキした食感を残したまま豆苗自体に味を入れるという、いわゆる加熱しないガストロバック(減圧調理法)です。なんというおいしさ! 今までに味わったことのない豆苗に箸が止まりません。
牛1頭で1.5kgほど取れるセンマイは、端にある脂のおいしい親指サイズの部分だけを使います。この2皿でなんと約12頭分だそうです。一つは胡麻油と塩を和えて春菊、青紫蘇と紫キャベツのスプラウトとともにいただきます。
もう一つは胡椒とパルミジャーノチーズを削りかけました。この歯切れがよくぷりぷりの食感は塩水につけたセンマイを浸透圧で脱水し、ゆでてから3時間乾燥させているから。「この食感にもってくるのは至難の業でした」と平田さん。
夢中になる人続出の「マッシュルームしゃぶしゃぶ」
「しゃぶしゃぶ」は昆布とブラウンマッシュルームを入れた出汁に数種類の肉を泳がせます。
おいしく食べるコツは出汁を煮立たせないこと。はじめは火入れに時間がかかるシマチョウを入れておき、それぞれの肉の“最高においしい”を熟知しているスタッフが火加減を調整しながらしゃぶしゃぶして取り分けてくれます。
肉は脱水したり、真空機にかけて筋膜を崩したり、熟成させたりと調理法はそれぞれですが共通するのは食感。どれもこんなに薄いのにふわふわした厚みを感じます。
また、肉に負けじと出汁も素晴らしく、マッシュルームは味を主張し過ぎずにうまみを出汁になじませ、香りと食感が肉を昇華させます。〆は肉のうまみもプラスされた出汁で作る炊き込みご飯。至福の味になることは言うまでもありません。