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フードライター・森脇慶子による人気連載「森脇慶子の新店開拓」が、この度「森脇慶子のココに注目」としてリニューアル。記念すべき第1回に訪れた注目の店は、なんとメディア初取材&初公開となる、2017年にオープンした六本木の新星鮨屋「海界」を紹介。
【森脇慶子のココに注目 第1回】フレンチの名シェフのお墨付き。未知の美食空間「海界(かいかい)」
「海界」――。
古くは万葉集にもその名が見られるこの古語は、海神の棲む海の国と人の国の境目を指す言葉。“かいかい”或いは“うなさか”とも呼び、古人は、水平線の向こう、舟が見えなくなるその先を海神の国と信じていたようだ。そんなロマン溢れるネーミングの鮨屋が、六本木の路地裏にひっそりと暖簾を掲げたのは、去年。晩夏の頃のことだ。
店の存在を教えてくれたのは、有名な三ツ星フレンチの名シェフ。彼の「美味しかったですよ」の一言を聞けば、もう、それだけで気になろうというものだろう。しかも、これまでマスコミの取材を一切断ってきた、未知の美食空間だ。今回は、このベールに包まれた鮨の新たな名店を訪れてみた。まさに、本邦初公開である。
板場と客席を隔てるものは一枚板のみ。居心地の良さを感じる見通しの良いカウンター
店内に一歩入れば、白木の香りも清々しく、どこか神聖ささえ感じさせるカウンターは木曾桧の一枚板。六角形に形取ったそれが、いわばこの店の海界だ。海の国(板場)と人の国(客席)の境目で、 カウンターの向こうに立ち、鮨を握る北海道出身のご主人西崎さんは、さしずめ海神といったところだろうか。
“握りこそが鮨屋の本分”と考える西崎さん。それゆえ、つまみが幾つか出るものの、後半の握り15貫がやはりこの店の真骨頂である。西崎さんの鮨への仕事は、とにかく繊細だ。一つ一つのネタの特質を見極め、最良の鮨ダネとして昇華させていく技量は、修業時代から、自分なりに自問自答しつつ培ってきたものなのだろう。
そして、その仕事には全て明快な理由がある。なぜ、そうするのか――。自らが良しとする完成形をきちんと把握していればこその手間暇なのだ。
蟹の旨みを最大限引き出すために陰で支えるのは、あの主役級食材
野付の天然ホタテ貝(写真左)と毛蟹の握り(写真右)
例えば、北海道ならではの一品“毛蟹”。通常なら、茹でて剥いたその身をそのまま握るのが常套だろう。だが、ここのそれは、一口食べた時、旨みがひときわ強く感じられた。蟹だけの味ではない濃密さ、それを尋ねると、こんな答えが返ってきた。
「蟹味噌とウニをすり鉢であたったものに一晩漬けているんです」
なんとも贅沢な話である。しかも、その上に同じ毛蟹のほぐし身をうず高くトッピング。言わずもがなの旨さに加えビジュアルも満点だ。また、1月末から3月半ばまでしかない北海道・野付産の天然ホタテ貝は、筋肉質な食感と自然な甘みも秀逸。
塩、酢、昆布…締めの三段攻撃。その工程を経て生まれるのは春の味わい
これからが旬のサクラマスも、鮨ダネとしては特異だろう。こちらも北海道産。積丹であがったものだ。これを、西崎さんは、締めまくる。塩締めにして塩抜きし、皮目をさっと炙って今度は酢締め。 更にフィニッシュは昆布締めと三段攻撃。だが、そこには全て意味がある。
「マスは水分が多いのでまず、塩で締めて余分な水気を抜き、今度は酢で身自体を締める。昆布は、締めるというよりも軽く昆布で挟んで風味を補う感じでしょうか」と西崎さん。
皮目を炙るのは、皮も一諸に食べさせたいがゆえ。そのままでは硬い皮を炙って食べやすくしている訳で、それも「皮なしではサクラマスの旨みが半減する」からだ。塩昆布とネギを握りの内側に忍ばせて握る一貫は、ねっとりとして軽やかな旨みが舌に広がるよう。優しい余韻が春の味わいだ。
焼き魚でおなじみの高級魚キンキにしても、西崎さんの手にかかれば立派な一貫に。皮目を軽く炙って昆布で締めたそれは、焼き魚さながらの香ばしさに加え、身そのものの旨みもしっかり楽しませてくれる。
酢飯は鮨ダネに合わせて使い分ける。握りへの飽くなきアプローチを続ける海界から目が離せない
タネ箱は、鮨屋の宝石箱。
趣向を凝らしたこれら鮨ダネに合わせ、赤酢と白酢、二種の酢飯を使い分けて味のバランスを図るなど、様々なアプローチから鮨の真髄を追求する西崎さんのこれからに注目したい。
この日のマグロは壱岐で揚がったもの。西崎さん曰く「
おまかせコース:22,000円
握りコース:18,000円
取材・文:森脇慶子
撮影:大谷次郎