【森脇慶子の新店開拓・第9回】フレンチ激戦区に誕生した実力派シェフによる新星「サンプリシテ」(代官山)

 

キリリと冷やしたサンジェ・ブテイユのグラスシャンパンと共に、カウンターに運ばれてきたのは、ミニサイズの黒いワッフルコーン。続いて一口サブレが登場し、お次は漆黒のマドレーヌ……と、目の前に次々と姿を現したスナックは、まるでミニャルディーズ(食後の焼き菓子のこと)のよう。だが、手に取ってみれば、それら小菓子のような一品一品は、いずれもれっきとしたアミューズなのだ。

 

 

ワッフルコーンに絞り込まれたクリームは、ホイップクリームではなくトッピナンブール(菊芋)のピュレ。その下には、塩と砂糖でマリネした鰆のコンカッセが忍ばせてあり、もう一方のサブレにはボルディエバターとしらすの卵黄和えをトッピング。竹炭で色付けしたマドレーヌの中からは、オリーブのソースが口中に飛びだすといった趣向。オーナーシェフ相原薫さんの、悪戯心溢れるコースの幕開けだ。

店名の由来にも。シェフが目指すのは、人や素材に“誠実”な料理

 

そう、ここは、今年の1月2日、代官山にグランドオープンしたばかりのフレンチレストラン「サンプリシテ」。相原シェフは、現在43歳。葉山「ラ・マーレ・ド・チャヤ」を皮切りに、フランスやスイスで3年間修業。帰国後、銀座「レカン」 ではスーシェフを任され、広尾「レヴェランス」、 荻窪「ヴァリノール」の料理長を歴任した実力の持ち主だ。

 

 

店名の「サンプリシテ」とは、フランス語で“誠実”という意味だとか。「お客様にも食材にも誠実な料理を作っていきたい」との相原シェフの思いは、そのフラットなカウンター席からも窺い知れる。

 

ヒントは鮨?熟成魚とフレンチの美味しくて新しい出会い

店を始めるにあたり、相原シェフが掲げたテーマがもう一つ。“熟成魚”である。元々、魚料理が得意分野だった相原シェフ。「最初は、僕も新鮮さばかりを追い求めていましたが、お鮨を食べていてふと思ったんです。カルパッチョなども、鮨ダネのようにきちんと寝かした方が、オリーブオイルとの馴染み方がいいんじゃないかなと」。そう思いたってから、熟成に耐え得る魚を仕入れるため、自ら各地の漁場を訪ねて魚を確保。今は、明石を始め五島列島や函館等から産直で仕入れ、店で熟成させている。

 

「魚の熟成には釣った際の処理の仕方が大切。その良し悪しが、締めた後の魚の状態と味の決め手になりますからね。明石漁協はもともと血抜きのエキスパートでしたし、五島列島の林鮮魚店は、放血神経ジメの技術が素晴らしい」と相原シェフ。イワシで約6日、ウマヅラハギは2〜3日、クエやヒラメにいたっては2〜3週間寝かせ、余分な水分を抜くと共に旨味を凝縮させている。

 

 

アミューズの後、一つ目の前菜が件の熟成した鰯を用いた一皿。ご覧の“熟成鰯  生姜 白ネギ”だ。軽く瞬間燻製した鰯を挟んでいるのは、お米のチップス。上にかかる黒い粉は、京都伝統野菜のカリスマ・樋口昌孝さんの白ネギだ。

 

 

頰張れば、サクッとクリスピーなお米チップスと脂ののった鰯との食感のコントラストが実に楽しい。鰯は、熟成させているからだろうか、脂がのっているにもかかわらず、柔らかさの中に身の締まりがある。

目で見て、味わって。シェフの閃きを具現化した逸品揃いの珠玉のコース

 

そして今、相原シェフが気に入っている前菜の一つが、ご覧の“牡丹海老 薔薇”。
奥出雲の完全無農薬のバラを見つけて閃いたそうで、液体窒素でパリパリにした砂糖漬けのバラと生のバラの下に隠れているのは牡丹海老。これを塩でマリネしてから真空パックし、2日ほど置いた後、ねっとりした甘みを引き出してから用いている。

 

 

白ワインビネガーでマリネしたカリフラワーがアクセント。底に敷いた海老のコンソメジュレが旨味の底を支えている。砂糖漬けの薔薇と牡丹海老、2つの異なる甘みのハーモニーが、どこか純なエロティックさを感じさせる味わいだ。

 

 

3皿目の前菜は、一見地味な“ウマヅラハギ  ブルーチーズ”。だが、旨味指数はかなり高い。今が旬のウマヅラハギは3日熟成。和え衣には、その肝とフルムダンベール。それだけでもワインの肴には十分だが、相原シェフは、更に刻んだローストアーモンドのカリカリ感や乾燥させたマッシュルームの土の香りをプラス。これらが口中で織りなす絶妙のコンビネーションが素晴らしい。和の要素に加え、心なしか北欧のニュアンスも垣間見えるようだ。

 

 

さて、この後、魚、肉とメインが続いて最後にデザートがコースの全体の流れ。メインの魚には、先にも述べたクエやヒラメなどが登場することが多いそう。肉料理が持て囃されて久しい昨今、時には熟成魚で、魚の新たな美味しさを見つけてみては?

 

コース:13,000円
ペアリング:4杯 4,500円、6杯 6,500円

撮影:大谷 次郎

 

取材・文:森脇慶子