【森脇慶子のココに注目 第50回】「ドイツ・オーストリア料理 ブラウアー エンゲル」
ドイツ料理と言えば、ソーセージにジャガイモ、そしてビールが定番。そう思っている方々はきっと多いはず。確かに、ソーセージはドイツの代表的な食べ物の一つ。北から南まで各地方に名物的なソーセージがあり、その数合わせてなんと1,500種類もあるとか! そのお供としておなじみのジャガイモもまた、ドイツ人の主食と言ってもいいほどよく食べられている。それらは、寒くて厳しい冬の長い期間を乗り越えるための知恵だったのだろう。
とはいえ、ドイツ料理にはソーセージしかないわけではない。ドイツの知られざるおいしい料理を教えてくれる貴重な一軒が、今年6月5日、人知れず市ケ谷にオープンした「ドイツ・オーストリア料理 ブラウアーエンゲル」だ。
「ドイツには、ソーセージ以外にもおいしい料理はいろいろあるんです。それをもっと多くの日本の人たちに知ってもらいたくて」と語るのは、オーナーシェフの山口雅鷹さん、38歳。ドイツをこよなく愛する料理人だ。調理師学校を卒業後、迷うことなくドイツ料理を目指したという。それにしても、なぜ、ドイツ?と思っていたら、こんな答えが返ってきた。
「父親がずっとドイツの機器の仕事をしていた関係で、小さい頃から何かとドイツ関連のものに触れる機会が多くて。その頃からドイツっていいなぁと思っていました」とのこと。
最初の修業先は、ドイツビールの輸入会社が母体のビアホール「フランツィスカーナー バー&グリル」。ここで5~6年ドイツ料理の基礎をみっちりと学び、その後、幾つかの店舗を経て、最終的にはドイツ文化会館のカフェレストラン「マールツァイト」の料理長に。ここで2年間勤めあげ、独立を果たしたというわけだ。
現地での修業経験はないものの「最初の修業先の料理長がハンブルクで長年働いていたことがあり、向こうの料理をいろいろ教わった」のだとか。また、プライベートでも度々現地に訪れては、さまざまなレストランを食べ歩き、本場のテイストを舌に叩き込んできた山口シェフ。どのレストランの料理も満足のいく味だったそうで、ますますドイツが好きになったそう。そして、現地で気がついたのは、どこのレストランでもソーセージ類をほとんど見かけなかったこと。
「ソーセージは、屋台やビアホール、あるいは肉屋などで買って食べるカジュアルな食べ物」という事実だそう。もちろん、レストランで出すケースもあるだろう。だが、自分で店を始めるのなら、思い切ってソーセージを出さないレストランにしようと決意。それゆえ、この店のメニューにはソーセージという文字がない。日本人に最も親しみのあるドイツの味をあえて排除し、料理性のあるメニューのみで挑んだその思いの中には、ドイツ料理をもっと広く深く知ってもらいたいという山口シェフのドイツ愛があふれている。
その熱い思いは、メインの料理はもとより、ドイツパンまで自家製で用意しているところからもうかがい知れる。それも、なんと4種類!も焼いているのだ。そばの実入りのブレッツェル、おから入りのゼンメルにカボチャの種とペーストを混ぜたパンなどなど、さりげなく和の食材を加味しているのもユニーク。
聞けば、日本の食材で作るドイツ料理もテーマの一つにしているそうで、例えば「ニジマスの北ドイツ風マリネ」。ドイツでは文字通りニジマスで作るおなじみの一品だが、山口シェフはニジマスの代わりに、ニジマスとブラウントラウトを掛け合わせた信州サーモンを使用。より肉厚できめ細かな食感に仕上げている。
また、ドイツの国民食とも言われるシュニッツェルも、定番の豚肉や仔牛のほか、豆腐のシュニッツェルもあり、なるほど、和のニュアンスがところどころに見受けられるのも微笑ましい。
とはいえ、まず、ここで食すべきは「シュヴァインスハクセ」。これは外せない。ソーセージと並ぶドイツ料理の定番といえば、豚すね肉をザワークラウトと共に煮込んだ「アイスバイン」が思い浮かぶが、「シュヴァインスハクセ」は、いわば、そのローストバージョン。
南ドイツ・バイエルンの郷土料理で、豚すね肉をローリエやジュニパーベリー、玉ねぎ、セロリに塩と共に1時間ほど下ゆでした後、230℃のオーブンで2時間余りかけてじっくりと焼き上げた力作だ。見事に焼き上がった肉塊はおよそ1kg余り。こんがりときつね色に焼けた皮は、香港の焼味を思わせる艶やかさ。その迫力に胸を弾ませつつナイフを入れれば、期待通りのパリパリッとした手応えに、思わず喉が鳴る。
口にすれば、軽快な皮の歯触りに対し、ゼラチン質をまとった肉のトロトロ感、味蕾に染みいる肉汁の旨みがたまらない。香ばしさととろける食感、この相反する2つが口中でせめぎ合うおいしさは、もはや官能的。「ゆで汁と共に冷ますことで味が中にじんわりと入っていくんです」と山口シェフ。時間がかかるゆえ要予約だが、これを目指して食べに行く価値のある逸品だ。
もちろん他にも「アイスバイン」(要予約)や「仔羊のすね塩煮込み」「国産牛ほほのグーラッシュ」等々、質実剛健な料理がメニューに並ぶ。中でも珍しいのは「シュペッツレ」。ドイツ南西部のシュヴァーベン地方の名物として知られる郷土料理で、ショートタイプの生パスタ。やわらかな卵麺の一種だ。
チーズクリームソースでいただく「ゲーセシュペッツレ」がスタンダードだが、今回は、季節のおすすめの「シュペッツレ シュタインピルツのクリームソース」をオーダー。シュタインピルツとはドイツ語でポルチーニ茸のこと。ポルチーニ茸のとろっとした食感とクリーミーなソースが耳たぶのような麺と絡むどこかほっこりするおいしさだ。
料理に合わせるワインは、やはりドイツやオーストリアが中心。だが、意外にも日本酒が充実。裏メニュー的存在だが、ソムリエールの浅野さんに頼めば、日本酒ぺアリングという変化球もあり。これがなかなか意表を突いて楽しい。
店内は個室もあるが、メインはオープンキッチンのカウンター席。カウンタースタイルで味わう本場ドイツの味が、今、新しい。
※価格はすべて税込