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〈食べログ3.5以下のうまい店〉
グルメなあの人にお願いして、本当は教えたくない、とっておきの「3.5以下のうまい店」を紹介する本企画。今回はフードジャーナリストの高橋綾子さんが絶賛するイタリア料理店を紹介する。
教えてくれた人
高橋 綾子
フードパブリシスト。国内外ファッションブランドのプレスとして従事した中で肥えた“食”へのこだわりは、その後の素晴らしい人々との出会いと相まっていつしか人生そのものに。その間に培った食のデータと人脈を武器に“喜ばれるレストラン”の発掘に勤しむ日々。おいしいものしか喉を通らない不思議体質。
階段を上った先には薪の炎で心ときめく空間が!
「おいしい店は食べログ3.5以上」のような通説があるが、食べログ3.5以上の店は全体の3%。つまり97%は3.5以下。口コミが少なかったりオープンから時間が経っていなかったりすると「本当はおいしいのに3.5に満たない」ことは十分あり得る。点数が上がってしまうと予約が取りにくくなることもあるので、むしろ食通こそ「3.5以下のうまい店」に注目し、今のうちにと楽しんでいるらしい。今回ご紹介する「リストランテ チョッコ」は3.28(2024年12月現在)。はたしてその実力は?
三軒茶屋のシンボル「キャロットタワー」から徒歩1分、商業ビルの3階に「リストランテ チョッコ」はあります。
扉を開けた瞬間、艶っぽい世界観に心が躍るのは薪が作る炎のせい? 薪の炎はなぜか気分が高揚するようで、席についてもずっと眺めてしまいます。
オーナーシェフは30年以上、イタリア料理一筋という本田克彦さん。食材が持つポテンシャルを最大限に引き出し、シンプルに焼くには薪が一番しっくりくると、5年前から本格的に薪料理を始めました。
火と向き合うことで究めた焼きの技術
「初めから誰かに教わろうとは思わなかった」と、本田さんは薪料理の店に食べに行って焼き方を見たり、本やネットで情報収集したり、毎日、火と向き合うことで自分にしかできない薪料理を創りあげたのです。今では焼き方のバリエーションがいくつもあり、それを駆使することでどんな食材もおいしくできる自信があると話します。「食材を見て、まず“頭の中で焼く”のですが、イメージできるものとできないものとあります。実は塊肉もずっと薪で焼くイメージができなかったので熾火で焼いていました。でも積み重ねていると、ふっとイメージできたので今は熾火と包み込むような薪の炎で焼いています」と本田さん。
薪に限らず焼き物は味が単調になりがち。焼き物中心にするとどうしても飽きてしまいます。そこで本田さんは薪が燃え盛っていると香りは少なく、完全燃焼して黒くなった状態だと香りが強くなることを踏まえ、コースの序盤、中盤、終盤とで火の強さを変えて食べ飽きないようにしています。
香り、食感、風味、多彩な薪料理に大興奮!
放血神経締めして1週間熟成させた縞鯵は軽く炙り、薪の香りをまとわせます。縞鯵のうまみ、炙った皮の苦み、イチゴの甘み、ハイビスカスの酸味、カラスミの塩味を天才的なバランス感覚でまとめています。五味が複雑に絡み合い、ひと口食べるごとに気づかされる新しい味わいに箸が止まりません。
高橋綾子さん
初めは味の予想がつかず、合わないのでは?と思ったけれど、食べるとなぜかしっくりくる。五味がそれぞれ強調したり一体となったり、複雑妙味とはまさにこのこと! 色鮮やかな美しい盛り付けも食欲をそそります。
前菜を食べ終わった頃、何やら歓声が上がります。理由は来店時間に合わせて焼く「フォカッチャ」のせい。新潟県「羽賀農園」の羽賀恵子さんが作るレンコン「KEIKO PRINCESS OF LOTUS」を入れたフォカッチャは、表面がカリッと香ばしく、中はモッチモチでほんのり甘い。あまりのおいしさに、食べることに夢中で会話がなくなるほど。
高橋綾子さん
「なんでこんなにおいしいの?」と最初の一切れは一気に食べてしまいます。次の一切れは自家製チーズをぬるのですが、これまた悶絶級のおいしさで無限ループに陥ります。フォカッチャ屋さんをやってほしいと思っているのは私だけじゃないはず!
車海老の頭で取った出汁とフルーツトマトを使ったソースに卵黄だけで作った手打ちのタヤリンを軽く和え、数時間塩水に漬け込んだ車海老は頭を弱火で時間をかけてパリッと焼き、身は炎を強くして短時間で焼き上げトッピング。
高橋綾子さん
イメージしていた濃厚な海老のソースとは真逆で、海老の風味は強く感じるけれど味わいは軽やかで飽きさせない。車海老は、頭はサックサクで身はトロッとして甘い。この食感が出せる薪ってすごい!
本日の魚料理は「白甘鯛 明日葉のピューレとキノコのコンソメ」です。10日間熟成した白甘鯛はドライハーブをのせて薪焼き。鱗はパリッと、身はふっくら、ハーブの香りがふわりと漂います。
高橋綾子さん
淡白な甘鯛には味の輪郭がしっかりとあるキノコのコンソメがぴったり! 食感もさることながらキノコ、ハーブ、明日葉、トリュフと香りが贅沢なんです。香りは食欲増進剤。思い出すとお腹が空いてきます。
メインは「白老牛」です。33日熟成の経産牛は薪に負けない強い赤身肉の味わいが魅力。炎と肉の状態を見ながら4面を返し、休ませ、表面がこげ茶色に変わるまで焼き上げます。カットして盛り付けると閉じ込めていた肉汁が表面にジワジワこみあげ、頬張れば初めに脂のおいしさに衝撃を受け、その後にじんわりと訪れる赤身のうまみに陶酔します。
高橋綾子さん
表面を見て焼き過ぎじゃないの?と思ったのに、カットすると中は完璧なる美しいロゼ色でした。見ても食べてもうっとり! 人参もホクホク。食材の中に眠る力さえも引き出してしまう本田さんの焼きの技術と感覚は神業レベル。これが独学というのだから本当に驚きます。
いつでも訪れたいから教えたくないけど自慢したい!
イタリアのトラットリアのように、お客様の好みを聞いてメニューを決める店が理想だと話します。提供するのは8〜9品からなるおまかせコース(13,000円税込)ですが、メニューの考案は食材と“お客様ありき”。「来店時のメニューはすべて記録してあるので、なるべく同じ料理は出さないようにしていますし、当日の食べている様子で変えてしまうこともあります。お客様のことを考えながらメニューを作るのが楽しくて仕方がない」という話を聞けば通いたくなるのは至極当然のことです。
また本田さんはソムリエの資格を持ちワインにも精通しているので、ペアリングも王道だったり、そうくるか!と唸ったり。棚に並ぶ希少な古酒など食後酒にも目が釘づけになります。料理も酒も雰囲気も常連だけの店にしておくのはもったいない! 間違いなく自慢できる店です。