【噂の新店】Occhio
成増駅の北口では「ラ フェニーチェ」、南口では「フォカッチャディレッコ500」と、13年にわたって界隈の人々を虜にした岩井シェフが、新天地、千石で“自分が行きたい店”をオープン。馴染みのない場所で一切宣伝もせず、手書きの看板も目立たないのに、常に賑わいを見せているのはなぜか? その秘密を探ります。
移転するごとに人気度がアップ! 名店を作り続ける凄腕シェフ

千石駅から徒歩で7〜8分の場所にある「Occhio」。途中にごくわずかの飲食店があるだけの住宅街にひっそりと佇んでいます。昨年11月にオープン、2カ月経ってやっと外壁が完成、看板は未だ設置されていないというのんびりムードにもかかわらず、ワイン1杯で立ち寄る人からゆっくり食事をする人までと滞在時間は千差万別で、店は常に賑わいをみせています。

その理由は店に入るとわかります。カウンター4席にテーブル4席と小さな店だからこそ感じられる店主の岩井文芳さんの目の行き届いた接客。さらに営業時間は16時~22時半のアラカルトスタイルという自由度の高さで、一人ひとりの望みに応じた料理と時間を提供してくれるのです。

「葉山ホテル音羽ノ森」から始まった岩井さんの料理人人生は銀座「エノテーカ ピンキオーリ」で開花しました。料理への意欲が増し次は銀座「和光ルショワ」でデザートを学び、渡伊。リグーリア州を中心に本場の味を身につけ、帰国後は都内のレストラン数店でシェフを経験し独立。成増駅の北口にオープンしたジビエをはじめとする肉料理専門イタリアン「ラ フェニーチェ」は「魚は一切出しません!」という潔さにファンが急増。次に修業先のイタリア・リグーリア州の郷土料理である「フォカッチャディレッコ」を広めたいと、駅の反対側の南口に移転し「フォカッチャディレッコ500」をオープン。看板もなく聞いたこともない料理が名物とあって、逆に好奇心をくすぐり大ヒット! 大使館や商工会のイベントにも招聘され、あっという間に人気店となったのです。
料理は和と発酵の融合がテーマ

そんな人気絶頂の最中なのにまたも移転を決めた岩井さん。「自分が行きたい店を自分で作りたくなったんです。リストランテで提供するような非日常的な料理を気軽に食べられたら良いでしょ?」と、縁もゆかりもない千石で店名も変え、代名詞となった「フォカッチャディレッコ」を封印し、ゼロからスタートしました。メニューは毎日仕入れ先から送られる食材を見て考えるそう。「おいしさに自信のある食材を送ってくれるので到着するまで何が来るのかわからない。だからメニューは黒板に手書きするしかないんです(笑)。でもみなさん写メを撮ってオーダーしてくれます」と、何から何まで“気が向くまま”のスタイルですが、なんだかワクワクしてきます。

1品目を見た瞬間、ワクワク感は間違っていなかったと実感します。「ゼリーはポン酢をイメージしました。醤油の代わりにルイボスティーをベースにして、酸の強い柑橘ではなく赤紫蘇を使ってまろやかに仕上げました」と、岩井さん。みりんで炊き、低温調理したあん肝はじんわりと独特の風味を感じさせ、そこに赤紫蘇が穏やかに酸味を重ねてきます。ワインを飲みながらゆっくり食したいと思わせる一皿です。

カウンターの向こうからキャラメリゼする甘い香りが漂ってきました。その正体はなんと「焼きみかん」。60℃程度の場所で寝かし、甘みを出してからキャラメリゼしたみかんの上に絞り出したのは、チョコレートクリームかと思いきやフォアグラと白レバーのムースです。

まるでケーキのような見た目に歓声が上がります。焼きみかん、フォアグラと白レバーのムースに、オレンジ果汁を混ぜた人参ムースのエスプーマ、胡桃、オリーブオイルパウダーも加わり、味も食感も盛りだくさん。それなのに味の調和が取れているのは岩井さんのバランス感覚の賜物です。
人生を変えるパスタに出会う!

続いてはパスタ料理。常時4〜5品用意しているそうですが、それぞれのソースに合わせて変えるパスタはすべて手打ち! アラカルトのワンオペ店でなかなかできることではありません。

「8席の店でトリュフの消費量は1位じゃないかと。でもこのくらい削らないとトリュフオイルを使って香りづけしなければならないので……。完全赤字覚悟です」と笑って話す岩井さん。確かにいい香り!

パスタが隠れるトリュフの量に驚いている場合ではありません。一口食べた途端、全身に衝撃が走ります。とてもパスタにブロードを絡めただけとは思えない、とろっとしたテクスチャーと多彩な味に感動。聞けば「うちのブロードは真っ黒なんです。昆布水に生ハムや鶏肉、熟成黒ニンニクや焦がし玉葱を入れています」と話します。この自家製ブロード、只者ではありません。

パスタも今まで経験したことがないシコシコ感。「低加水で練らずに真空パックでくっつけてるんです。卵黄も90%くらい入れているのでめちゃくちゃおいしいでしょ? パスタって点を線にする料理だと思うんです。僕は、チーズは“混ぜる”ではなく、“かける”派。食べるところによってチーズだったり、パスタだったりする。つまり“点”です。食べ終わった時にその一つひとつの点が線になるように融合するのが僕の考えるおいしいパスタです」という岩井さんのパスタ料理は、まさに“人生を変えるパスタ”と思えます。

「ジビエもおもしろいですよ」と出してくれたこちら。付け合わせにしたさつまいもはコーヒー豆で「焼き芋」にしています。「さつまいもとコーヒーは“ロースト”が共通しています。だから相性がいい。人参にはカルダモンを組み合わせたりと、付け合わせは色々変えています」と、岩井さんの引き出しにはたくさんアイデアが詰まっています。

雌鹿には赤ワインとマルサラ酒をベースにしたソースを合わせました。新玉葱のピューレでほんのりとした甘さを楽しんだり、ピンクペッパーでピリリと味を引き締めたりと、一つの皿には何通りもの味や食感が存在するのに不思議と調和する、“岩井スタイル”はここでも輝きを放ちます。
ワンオペならではの料理とサービスに人が集まる!

「今までフレンチ、イタリアン、パティスリーと色々経験してきました。都会ではここが最後の店だと思って自分が行きたい店を自分で作ったんです。ワンオペだからできることは限られますが、ワンオペにしかできない料理があります」と言うように、岩井さんの料理はどれも発想がおもしろい。ただのアイデア料理にならないのは、老舗高級店からトラットリア、由緒正しい洋菓子店までさまざまなジャンルで豊富な経験があってこそ。そんな岩井さんならではの料理とサービスに人は自然と集まってくるもの。そろそろ漫画「ブルーロック」の作画担当、ノ村優介氏が描いた看板もついたはず。千石に「また行きたい!」と思う店が誕生しました。
※価格は税込


