【森脇慶子のココに注目 第49回】「東山無垢」

丹波の松茸、間人の蟹、北海道は昆布森のうに等々。ブランド食材が煌びやかに並ぶ高級和食店のコースは確かに魅力的だ。ハレの日の晩餐にふさわしく気分を盛り立ててくれる。けれども、こうした高級食材を使わずとも、丁寧な下ごしらえと確かな技術力とセンスがあれば、満足のいく料理は提供できるもの。その事実を舌で納得させてくれるのが、今年7月1日、中目黒にオープンした「東山無垢」だ。

目黒区東山の閑静な住宅街にひっそりとオープン

ご主人の三島立己さんは、島根県出雲市出身。一度は機械メーカーに就職するも、25歳で料理の道を目指した異色の経歴の持ち主だ。

店主の三島立己さん

「25歳の時に、四国八十八カ所を巡礼するお遍路の旅に出たんです。その時、お遍路さんの“お接待”というもてなしの心に触れて料理の道もいいなぁと。元々、物作りが好きな質でしたので」。控えめにそう語る三島さんは、現在42歳。地元の日本料理店で3年ほど基礎を学んだ後、上京。代々木の日本料理店「高瀬」などで6年間修業後、横浜「日本料理 鶴寿」の料理長に就任。7年間勤め上げ、満を持しての独立を果たしたというわけだ。

白壁も清々しい店内は、一切の装飾を省いた潔さ。凛とした空気が漂う

「料理を作り続けていくうちに、自分の中で少しずつ変化があったように思います。意味のない飾りや味つけは極力省き、主役となる食材をシンプルな仕立てでできるだけ前面に押し出す。より引き算の料理を作っていきたいと思うようになりました」と三島さん。

そんな思いから名付けた店名が「東山無垢」だった由。その名の通り、料理はもとより、一切の装飾を省き白を基調とした店内は清廉そのもの。凛としたイチョウの木のカウンターも清々しい。

黒鮑の土佐酢ジュレ掛け

とうもろこしのすり流しから始まったこの日のコースは、最後のデザートを含めて全部で9品。先附のすり流しの後、蓮の葉に盛り付けられて運ばれてきた一皿は、前菜の「黒鮑の土佐酢ジュレ掛け」。日本酒と共に約3時間余りも蒸しあげた鮑は、むっちりと歯が入る食感も官能的な柔らかさが後を引く。何を食べているかがはっきりと伝わる量も程よく、ジュレの穏やかな酸に胃の腑が自然と開いていくようだ。

蟹の真薯の椀

続くお椀も実に端正だ。蓋を開ければ、澄んだだしに浮かぶのは、蟹の真薯のみという潔さ。ふくよかさの中に、スキッとしたシャープな淡味を感じさせるそのだしは、9年ものの奥井海生堂の蔵囲利尻昆布と鹿児島県近海の一本釣りの鰹に拘る本郷・鵜飼商店の本枯節を使用。

本郷・鵜飼商店の本枯節と奥井海生堂の蔵囲利尻昆布。渾身のだしを生むこだわりの食材だ

「昆布は1日水出しにして、65℃で約2時間ゆっくりと旨みを引き出しています」と三島さん。それも、季節季節で微妙に調節。冬場はややコクを持たせ、夏はすっきりと仕上げているそうだ。

焼きすっぽん

お椀の次は、定石通りお造りの登場。そして、お凌ぎ代わりの穴子の手巻き寿司、甘鯛の松笠焼きと続き、ハイライトは焼きすっぽん。

すっぽんは焼き以外の料理で提供することも

長崎産のオスで、三島さんによれば「焼きには脂ののっている長崎産のオスのすっぽんを。スープを取る時は、旨みの濃い服部中村養鼈場のすっぽんを使っている」そうで、どちらも1kgアップの大きめが三島さんの好みだ。

アツアツは香ばしく美味

すっぽんのスープと薄口醤油をあわせたタレを付けつつ、丹念に炭火で焼き上げたそれは、こんがりとした焦げ目も芳ばしく、口にすれば精悍な香りと旨みが口中に迸る。ほろりと骨から外れる身を噛み締めるほどに力強い滋味が滲み出るよう。胸と腿2つの異なる部位を食べ比べられるのも気が利いている。

しらすと茗荷の炊き込みご飯

そして締めのご飯は、炊き立ての土鍋ご飯。この日は「しらすと茗荷の炊き込みご飯」だ。お米は、粒が大きく、甘みがあり、もちもちとした粘りと軟らかさのバランスがとれた「龍の瞳」を使用。これをだしで炊き、茗荷と大葉、しらすと胡麻をのせている。

お米は岐阜の龍の瞳

さっくりと混ぜれば、しらすの程よい塩加減と茗荷や大葉の爽やかな風味が渾然一体。お腹がいっぱいでも、つい食べすぎてしまいそうなほどあっさりといただける。家庭でも手に入る身近な食材を使いながらも、組み合わせの妙で立派な割烹の一品に仕立て上げるセンスも心憎いばかりだ。

秋にはいくらご飯も登場

そして、最後にデザート、食後のお茶と緑寿庵清水の金平糖が出てコースは終了。これで、お会計はなんと16,500円。今や、予算3~5万は当たり前と言わんばかりの和食店が増えている中、この価格帯で満足のいく料理がいただけるのは、まさに希有。

そこには、華美なハレの料理よりも、普段食べている当たり前の食材や料理をより上質なものに突き詰めていきたいとの三島さんの思いが、静かに息づいている。食べ疲れないおいしさこそ、その求める美味なのだ。

※価格は税込、サービス料別

撮影:佐藤潮

取材:森脇慶子

文:森脇慶子、食べログマガジン編集部