【森脇慶子のココに注目 第48回】「Restaurant DESTINA(レストラン デスティナ)」
フランス語で「運命」の意味を持つモダンフレンチ「レストラン デスティナ」。「ギンザ シックス」裏手のビルに潜む、このフランス料理店のグランドオープンは8月1日とまだ日が浅いにもかかわらず、既に“名店“との呼び声も高い。というのも、店を仕切る上野宗士シェフの華麗な経歴を見れば納得がいく。
辻調理師専門学校フランス校を卒業後、依田輝明シェフ率いる青山「ラマージュ」で修業後、2002年渡仏。「オテル ドゥ クリヨン」や「プチニース」で研鑽を積み、2007年に帰国後は銀座「ベージュ アラン・デュカス 東京」の副料理長に就任。上野シェフによれば「帰国を考えていた時、シェフのジャン=フランソワ・ピエージュ氏の紹介で、『プラザアテネ』でアラン・デュカスシェフの面接を受けることになり、ベージュで働くことになりました」とのこと。その後、大阪西梅田の「ル・コントワール・ド・ブノワ」、旧軽井沢ホテルの各総料理長等々を経て、ここ「デスティナ」の料理長として腕を振るっている。直近では、銀座の隠れ家フレンチ「ル・シーニュ」の辣腕シェフ、といえば、思い当たるグルマンもきっと多いことだろう。
残念ながら「ル・シーニュ」は、昨年店を閉めたものの、それを惜しんだ常連客のたっての願いもあり、同店をオープン。それゆえ、料理の内容は、ほぼ「ル・シーニュ」を踏襲している。
大きく変わったことと言えば、スタッフが4人から6人へと増えたことぐらいだろうか。また、カウンター席は変わらないものの、今回は個室を設え、ちょっとした集まりにも対応できるようになった。が、ユーモアたっぷりの独特なネーミングのメニュー、盛り付けの繊細さ、そして複雑性を帯びた構成ながらも素材の存在感が伝わる料理はそのままだ。
さて、コースの幕開けを飾るのは「ミニョンズ現る」と書かれたアミューズたち。その内容は次の通り。「トマトとパプリカのマリネの軽いタルト」「鰯とパースニップ、根セロリのピューレのタルト」「毛蟹とニンニクのピューレ 米のチップにのせて」「ブランダードのトリュフ風味」の4品。まるで小菓子のような愛らしさの一品一品の中には、さまざまな味と細やかな技法が詰め込まれている。
例えば「ブランダードのトリュフ風味」。ブランダードとは、鱈をペースト状にした南フランス・ラングドック地方の郷土料理。牛乳で煮た鱈と茹でて潰したじゃがいもで作る、いわば鱈とじゃがいものリエット。このクラシックな料理に上野シェフは刻んだトリュフを混ぜ入れ、グランメゾン的な逸品にアレンジ。一口サイズに丸め、黒いパン粉をつけて揚げている。また、2種のタルトにしても、トマトとパプリカのタルト生地は、パリパリと軽やかな食感にする一方、鰯の方はヘーゼルナッツの風味を加味した厚めのタルト生地に仕立てるというように、合わせる素材とのバランスを第一に考えた細やかな配慮が、一つ一つの味の印象を鮮やかにしている。
「酸味、塩味、甘みとコク、うまみをバランスよく取り入れ、味わいや食感に変化をつけるようにしています」と上野シェフ。それはアミューズに限らず「心機一転」というネーミングの茄子の料理やオマール海老を甲殻類のビスクと共にいただく「133.9m上昇」も同様だ。
そしてコースのクライマックスは「ル・シーニュ」からのスペシャリテである「銀座」。キャビアの一皿だ。「キャビアって料理のアクセントや飾りに使われることはあっても、キャビアそのものを食べる機会はあまりないですよね。なので、キャビアをダイナミックかつストレートに味わえる一皿を創りたかったんです。そのリッチ感が銀座という街にはよく似合うと思うんです」。そう言いつつ、目の前でキャビアをてんこ盛りにする上野シェフ。その量なんと30g余り!
実はこのキャビア、「ル・シーニュ」時代から上野シェフが腐心して創りあげたオーダーメイド。中国浙江省の千島湖で育てたチョウザメの卵を、福岡で塩漬けして熟成させているそうで、上野シェフによれば「塩分濃度や熟成期間など、どうすればベストかを突き詰めるために1年がかりで研究しました」とのこと。結果、現在は塩分濃度2.8%と塩分を控えめに、熟成期間を1~2カ月程度にして塩味を馴染ませ、うまみを凝縮させている。
そして、上野シェフがキャビアに合わせたのは定番のブリニ(そば粉入りのパンケーキ)ではなく、脂肪分40%のジャージー牛のクリーム。やんわりと泡立てたクリームと共に頬ばれば、軽やかなクリームがキャビアの塩味とうまみを損なうことなくふんわり包みこみ、口中でとろける。後を追うように広がるキャビアの芳醇な味わいには幸福感もマックス。さらに、これに合わせて(ペアリングで)グラスに注がれたのは、シャンパンの王者「クリュッグ」。どこかクラシックで王道なこの組み合わせは、いかにも銀座らしい。
メインには上野シェフの故郷、熊本のあか牛を使ったステーキが運ばれてきた。アミューズから続く皿がモダンで前衛的であったのに対し、こちらはぐっとオーソドックス。肉は、焦がしバターを回しかけながら焼き上げていくアロゼの手法を用い、表面を乾かすことなく全体をしっとりと仕上げている。
調理法もクラシックなら、ソースもマデラソースとあえて古典的なソースを合わせ、フランス料理を食べたという満足感をしっかりと感じさせてくれる。
サプライズはまだまだ終わらない。贅沢このうえないデザート「黒雪」が待っている。その名の通り、トリュフアイスクリームの上に凍らせた黒トリュフを雪の如くふりかけるこの佳品も、上野シェフオリジナルのシグネチャーメニューの一つと言ってもいいだろう。それは決してウケを狙ったわけではない。
軽井沢のホテル時代、うっかり倉庫で凍らせてしまったトリュフを活用して生まれたそうで「トリュフは温度があがる時に香りが一番花開く。なので、凍ったトリュフを口にした時、口中の温度でトリュフが温められ、芳香が広がる。その感動を経験してもらいたくてアイスリームにしました」と語る上野シェフの言葉通り、ひと匙口にすればクリーミーな口どけの中、媚薬を思わせる恍惚とした香りが鼻に抜ける。ありそうでなかった大人のデザートだ。
ワインはフランス産を中心に、希少な銘醸ワイン、シャンパーニュも豊富にそろう。ペアリングは28,000~62,000円。コースは28,000円からで、キャビア入りは35,000円。
創作的でありながら、どこかベーシック。一見奇をてらっているようでいて、素材本来の味わいは決して損なわれていない。そんな上野流フレンチは、まさに上野シェフが目指す“複雑性の中のシンプル”そのもの。アラン・デュカスの薫陶を受け、それを自分なりに昇華させればこその味わいだろう。
※価格はすべて税込、サービス料別、個室利用料は料理代の10%別