待ちに待ったリニューアルオープン「にくの匠 三芳」

祇園花見小路を入ってすぐを左に折れたところにある「にくの匠 三芳」。町家の風情は残しつつ、8月1日に大々的にリニューアルオープンを果たした。

肉割烹の先駆的存在として京都では名を馳せてきたが「さらなる高みに登るための全面改装です」と、主人・伊藤 力氏は言う。店内はもとより、厨房の機器のレベルを大幅にアップさせたことで、今までできなかった調理が可能になったり、下処理がスムーズにいくようになったりと、料理人としての笑顔を覗かせていた。

風雅なあんどんの明かりに誘われて店内に入ると、一枚板のひのきのカウンターに8席がずらりと並ぶ。その豪奢なカウンターには驚くばかりだ。これまでよりもゆったりとしながら、間近に眼福とでもいうべき、牛肉を扱うさまが見られるのはなんといっても楽しみだ。

実はその奥にもう一つ個室があり、こちらは宿泊者専用の特別室。え?宿泊者と、一瞬耳を疑ったが、なんと2階を宿泊フロアにして、オーベルジュという造りになったのだそう。「自分がこうあったらうれしいなということを実現しただけなんですけどね。つまり、おなかいっぱい食べて飲んで、すぐに寝られたらうれしいでしょう?」と伊藤氏は笑う。宿泊が稼働するのは秋からだが、なんとも楽しみである。なにしろ、1階の厨房と店内を合わせた大きさがそのまま室内となるわけだから、ゆったりしているなんてものではない。祇園花街の真ん中でまったりと時を過ごせるとは、まさに至福だ。

さて、肉へのこだわりは、これまでと変わりはない。この日に使用したのは、近江の岡崎さんという生産者の60カ月肥育の近江牛雌。通常市場に出回っている肉の肥育期間は2年前後だ。もちろん餌の問題もあるが、病気の問題もある。健康なまま5年肥育するのに、どれだけの手間と愛情をかけているのか。岡崎牧場では、牛舎での多頭飼いはせず、1頭ずつの牛舎に分かれているという。そのほうがストレスがなく、また健康管理が行き届くのだそうだ。

蓮の葉に盛ったコンソメのジュレとうに

料理は一斉スタートのおまかせコース55,000円のみ。今の夏の時期は、蓮の葉に盛ったコンソメのジュレとうに、キャビアという贅沢な一品から始まる。ジュレは60カ月肥育の雌牛のスネ肉でとったコンソメを冷やしたもの。その滋味深さといったら、他と比ぶべくもない。そして、うににキャビアの塩気を重ねて食べるのだから……ため息しか出ない。

薄切り牛タンの昆布締め

次の品は、定番メニューとして誰もが楽しみにしている、薄切り牛タンの昆布締め。牛タン独特のつるりとしながらもしっかりした歯ごたえの中に、旨みがぎっしり詰まっている。ポン酢を添えて出されるが、ポン酢をつけるのがもったいないほどの完成された味わいだ。牛タンの昆布締めとは、さすが京都生まれ、京都育ちの伊藤氏ならではの発想と言えよう。

毛蟹しんじょうの椀

京都発の肉割烹は、扱うのは肉がメインであっても、あくまでも割烹。日本料理の華である椀ものにも力を入れている。今回は夏ならではの毛蟹しんじょうの椀を出してもらった。つなぎの鱧の中に、たっぷり蟹の身が入っていて、これだけでも美味である。そして出汁が肉割烹の神髄なのだが、昆布と鰹節をベースにした出汁に最後に追い鰹のように、ヒレ肉を入れ、クリアな旨みが出たところでさっと引き上げるという驚くべき贅沢な技法を駆使している。旨みのインパクトは強いが、あくまで澄み切った味わいに仕上がっているのは手腕もさることながら、やはり雑味の一切ない肉質によるのだろう。蟹や鱧の旨みと合わさって、忘れられない一椀になるに違いない。

炭焼きのステーキ

メインのすき焼きの一つ前には、炭焼きのステーキも供される。こちらの肉は36カ月の神戸牛。フィレの中でも中心部の最上級のシャトーブリアンを炭火で焼き上げる。見事なレアに焼きあがった肉の美しいこと。なんのストレスもなしに、かみしめられる肉質の柔らかさが見事だ。炭火で焼いた表面の香ばしさと相まって、肉汁のあふれるレアな中心部のコントラストに、改めて牛肉の魅力を思い知らされる。付け合わせのレンコンは、薪窯で2時間ほど焼いたものだそう。芋のようにほっくりとした食感に和ませられる。

「にくの 匠三芳」で最も出るお酒はワインだ。ソムリエ渾身のチョイスのペアリングコースは、ワイン好きには堪えられないセレクトだ。25,000円ながら、フランス産を中心にカリフォルニア産なども交えた銘醸ワインが惜しげもなく供されるので、ぜひ試してほしい。今回のセレクトは、突き出しにはすっきりとアンリオのシャンパーニュ2006年のスペシャルキュヴェを、牛タンにはしっかりした酸味が持ち味のヴィオニエを合わせている。椀の優しい旨みに寄り添う一杯はムルソーだ。そしてステーキをカリフォルニアのカベルネ・ソーヴィニヨンが引き立てる。王道のマッチングと言えるだろう。

伊藤氏は言う。「料理がガラリと変わったわけではありませんが、一品一品がより研ぎ澄まされていることが、自分でも充分に実感できます。牧場も折に触れて訪ねています。命をいただくからには、少しでもおいしく調理し、お客さんの笑顔を引き出すことが自分の使命と思っています。肉割烹を始めて18年になりますが、近年、海外でさまざまなイベントなどもやりまして、いろいろな経験が蓄積されました。そんなこともあって新たな気持ちで再出発したいと思っています」

※価格は全て税・サービス料込。

文:小松宏子
撮影:久保田狐庵