〈自然派ワインに恋して〉

シェフの料理とマリアージュするのは、自然派ワイン。そんなレストランが増えている。あの店ではどんなおいしい幸せ体験が待っているのだろう。ワインエキスパートの岡本のぞみさんが、自然派ワインに恋して生まれたお店のストーリーをひもといていく。

ナビゲーター

岡本のぞみ

ライター(verb所属)。日本ソムリエ協会認定ワインエキスパート、日本地ビール協会認定ビアテイスター/『東京カレンダー』などのフードメディアで執筆するほか、『東京ワインショップガイド』の運営や『男の隠れ家デジタル』の連載「東京の地ビールで乾杯」を担当。身近な街角にある、食とお酒の楽しさを文章で届けている。

外国人観光客が押し寄せるカウンター和食

L字カウンターとテーブル席が1つのカウンター中心の店内

春ごろから銀座の飲食店にも外国人観光客が戻ってきた。実は、外国人観光客のほうが日本の隠れた良店をよく知っているというケースも珍しくない。コリドー街の路地にある「せろ」もそんな店の1つ。これまでフォロワーが何万人もいる中国や台湾のインフルエンサーに何度も紹介されたことがある。それがきっかけでファンになり、季節ごとに訪れる客もいる。

カウンターの前でおいしいものができあがる

最近はシンガポールで唯一の全国紙のフードジャーナリストが持つ連載に掲載されたことからシンガポールからの来店客も増えたという。「隠れ家的な雰囲気でカウンター和食が食べられると好評です」と笑うのは店主の伊藤憲二さん。日本料理店で修業後、2002年にオーストラリアに移住して10年にわたってシェフを務めてきた。帰国後は麻布十番「可不可」で腕を振るった。2018年に自然派ワインを楽しめるカウンター和食の店を出したいと、せろを開店した。

店主の伊藤憲二さん

店で楽しめるのは、伊藤さんがもてなす「おまかせコース」(9,900円)。カウンターで味わえるのは、本格和食をベースに、ジュレやソースでモダンな彩りとアレンジがなされた7〜8品。カウンターで店を出したいと決めた時からワインを出したいと勉強。和食に合う自然派ワインも提案されている。

前菜盛り合わせ✕爽やか白ワイン

前菜盛り合わせ

おまかせコースの先付けの次には、3品がお盆にのった「前菜盛り合わせ」が日替わりで出される。夏の時期は、旬の野菜や魚介類を冷たいだし汁やジュレ土佐酢でいただく涼しげなおつまみが並ぶ。おいしいものをちょこちょこ独り占めしながら食べられる贅沢がやってくる。

コーナーのウォーターヴェイル リースリング2021(グラス1,500円、ボトル9,000円)

前菜の盛り合わせには、オーストラリアのリースリングがおすすめ。「青りんご系のフレーバーと控えめな酸が特徴の白ワインです。ドレッシングやジュレの酸味ともバランスが良く、ミネラル感があって喉越しがいいので、じゅんさいやお造りを含めてトータルで夏に合う白ワインです」と伊藤さん。穏やかな酸とミネラル感が全体を爽やかにしてくれた。

鮎の春巻き✕ロゼワイン

鮎の春巻き
鮎が丸ごと春巻きに!

夏が旬の「鮎の春巻き」は、一度お腹を出して薬味を入れたものをお腹に戻して、丸ごと春巻きの皮を巻いて揚げたもの。添えてある、たでの葉のソースとブルーベリーソースでいただく。わたの苦味もふくめて丸ごと鮎のおいしさをパリッとした春巻きで楽しめる料理だ。

ソモスのロスエレメントス・ロゼ2020(グラス1,300円、ボトル7,000円)

こちらにおすすめなのがオーストラリアのいくつもの品種がブレンドされたロゼワイン。「鮎の春巻きにいちじくっぽいフルーティーなニュアンスを添えたくてロゼワインを選びました。3、4種類のブドウがブレンドされた複雑味が、鮎のワタの苦味にもぴたっとはまります」と伊藤さん。ドライなフルーティー感が2種類のソースともマッチして、鮎の春巻きが瞬時になくなってしまうペアリングだった。

幸福豚のロースト✕軽やか赤ワイン

ふくどめ小牧場産の幸福豚のロースト

メインの肉料理は、鹿児島県の「ふくどめ小牧場産の幸福豚のロースト」。幸福豚はドイツのサドルバックと白豚をかけあわせた、この牧場だけのブランド豚。ロースの部位を休ませながら丁寧に火入れされた、みずみずしいピンクの色合いが食欲をそそる。添えてある北条ワインのアンバー酒を使った青のり入りソースと、ケッパーベリーソルトでいただく。食べてみると、口当たりはまさにシルキーでソースの磯の香りがいいアクセントになっていた。

ノマズ・ガーデンのピノ・ムニエ2021(ボトル8,000円)

豚肉に合わせて選んでもらったのは、オーストラリアのピノ・ムニエを使った赤ワイン。「ピノ・ムニエはシャンパンに使われる品種で、赤ワインで飲めるのは珍しいですよね。オーストラリア人はおいしければ、あまり品種を気にしないんです。豚肉と相性が良いとされるガメイに似たフルーティな味わいがします」と伊藤さん。付け合わせのビーツともよく合っていて、意外なおいしさのマリアージュだった。

店主・伊藤さんの「私が恋した自然派ワイン」

ラ・プティ・モールのシャルドネ2021(ボトル9,000円)

伊藤さんが「最近、飲んでヒットしたワイン」として紹介してくれたのは、オーストラリアの白ワイン。

「この生産者はロゼがおいしくて、樽を使ったシャルドネも飲んでみたらすごくおいしかったんです。ラベルもガイコツがおもしろくてジャケ買いしたくなるようなかっこよさがあります。

でも、飲んでみると本格的でバターのような香りと濃厚な味わいがあります。それでいて、カルフォルニアほど造りこまれた味わいでない素直なワインとしてのおいしさもあって、飲みやすいですね。ぜひ、お店で飲んでみてください」

オーストラリアと日本の自然派ワインを中心に

せろでは、伊藤さんが10年過ごしてきたオーストラリアの自然派ワインや日本ワイン、ヨーロッパのワインが用意されている。帰国当時、ルーシー・マルゴーやヤウマなどのオーストラリアの自然派ワインが人気だったこともあるが、素材の味を活かした和食と相性が良いことが取り扱っている理由。ワインは、ボトル50種類(6,600〜13,000円)グラス6種類(1,100〜1,600円)を用意。最近はクセの強いものよりクリーンで引き締まった味わいのものが多くそろえられている。

ひっそりと楽しい大人の隠れ家

せろがあるのは、銀座コリドー街から1本路地を入ったビルの2階。小さな飲食店やバーが多い隠れ家エリアで一見入りにくいが、店に入ってしまえばカウンターでおいしいものが次々に運ばれてくるのが楽しい。にぎやかな通りから1本入ったところにあるこんな店を知っておくと、鼻が高い。何より大人のくつろぎ時間が過ごせるだろう。

※価格はすべて税込、サービス料1,000円

取材・文:岡本のぞみ(verb)
撮影:山田大輔