ふぐといえば、冬季の一番のごちそう。てっさ、から揚げ、てっちり、雑炊。年に一、二度いただけるかどうかの、ごちそうである。とはいえ、どんな名店でいただいても、料理の構成は同じという場合が多いのではないだろうか。ところが、ふぐ料理の概念を変える店がオープンしたのである。その名も「人形町 喜見」。
これまで、完全会員制で、限られた人だけの秘密の喜びだったのが、厳選な仕入れの都合上、週2日の営業というハードルの高さはあるものの、昨秋から、広く一般に味わえるようになったのだから、これはなんともうれしい。
母体は「大阪とらふぐの会」。大阪に2店舗、東京に3店舗を有し、それぞれ会員制で長年親しまれてきた。この度人形町の店舗を「人形町 喜見」として、より多くの人
にふぐの楽しみを広げたいと、東京では初となる一般オープンに踏み切ったのだ。社長・澤原將人氏は、20代初めにしてふぐに惚れ込み、以来、ふぐ一筋30年。どのようにしたらもっとふぐをおいしく食べることができるのかと、それだけを日夜考えて研究を重ね編み出したのが、現在の究極のふぐコース。それが人形町 喜見でいただけるのだ。
まずは肝心な素材であるが、ふぐの最高格付け5-Sの最高級の天然とらふぐ。今回いただいたのは、房総沖のものだそうで、必ずしも下関にこだわるわけではなく、本物の目利きとして、価値あるふぐを選んでいる。それをさらに、喜見では、魚体の構造から研究しつくし、さめ皮、とおとうみ、身皮、上身はもちろん、まぶた、くちびる、ほっぺ、のど、かま、ふぐのふぐ、腹身、白うぐいす、黒うぐいす、白子と、驚くほど細かく分類し、それぞれの部位を生かす調理法で食べさせてくれるのだ。たとえて言えば、焼き肉で、希少部位を食べ比べる感じに近い。
料金はコースで45,000円(税込・サービス料10%別)となかなか高額ではあるが、一年に一度の贅沢として、是非とも訪れるべき味わいが「人形町 喜見」にはある。
※最高峰天然とらふぐの為、価格は浜値によって変動。
20皿からなる“極上の天然とらふぐコース”
コースは、ワイングラスに入れられた、ふぐのだしと薄切りの松茸から始まった。じっくりと煮出した、滋味深いふぐのだしと華やかな松茸の香りが合わさり、最高のスターターとなる。
続いて、天然とらふぐのからすみ。これは福井県で作られているもので、猛毒の卵巣も、長期塩蔵することで、毒が抜ける。なんとも珍味だ。
お次は、まぶた、のど、白子の湯引きを盛り合わせてポン酢で。つるりとした食感の違いが絶妙だ。多くの店はだいだいなどの柑橘が出始める時期にワンシーズン分のポン酢を仕込み、寝かせて使うが、喜見では、毎日、秘伝の配合でポン酢を合わせる。爽やかこのうえない。
向付は、上身をぶつ切りにしたものをおろしポン酢でいただく。きゅいっと歯の食い込むような独特の食感がこたえられない。ふぐの一つの醍醐味だ。
そしててっさ。熟成をよしとする店もあるが、喜見のふぐは歯応えを大切にしているため、寝かせずフレッシュな状態で使うのだそうだ。その鮮度と、包丁の引き方があいまって、てっさ一切れ一切れの、舌を押し返すような弾力が見事だ。
さて、ここからは焼きふぐが続く。身皮、とおとうみ、腹身、厚身皮と、それぞれに、異なる香辛料をまぶして、直火でこんがりと、中はジューシーに焼き上げる。熱々の焼きふぐを頬張れば、直前に作られたヒレ酒も一層進む。
さらにから揚げが供される。こんなにいただいた上に、と思うが、これはまた別格のおいしさ。さらに、上身の焼き物、白か黒のうぐいすの焼き物と続く。どの部位もが食感も味わいも違うので、飽きるどころか、ふぐに対する探究心がますます湧きあがってくるようだ。
他にも焼き白子や春巻きなど季節に応じて数品が提供される。
続いて山北だししゃぶしゃぶ。鰹節たっぷりのだしで、上身にさっと火を通し、椀もののようにいただく。ふぐ×かつおだしで旨みが何乗にもなるようだ。
最後にてっちりであら身の部分をいただき、これで、余すところなく一尾の部位を堪能したことになる。
締めの雑炊は、てっちりの残りだしではなく、別にとったふぐの濃厚なスープで炊いたもので、愛おしいほどのおいしさだ。
「人形町 喜見」のふぐが、いかに、一般的なふぐ店のそれと違うかおわかりいただけただろうか。ふぐ好きであれば一度は味わってもらいたい。ふぐの新たな魅力にたどり着いてほしい。