【森脇慶子のココに注目 第41回】「ピアット ミツ」

おおらかな笑顔、貫禄のある手指から創り出される直球料理で、多くの食いしん坊の胃袋を鷲掴みにしてきた岡村光晃シェフ。ミシュランのビブグルマンにも選ばれた麻布十番の名店「トラットリア・ケ・パッキア」で、開店以来、11年にわたり料理長を務めてきた傑物だ。その岡村シェフが、独立を機に奥様の実家である福岡へと引き移ったのは、コロナ禍真っ只中の2020年10月のこと。彼の地で今年の1月まで腕を振るい、今、また、麻布十番の地に帰ってきた。5月14日、仙台坂の真新しいビルにオープンした「ピアット ミツ」がそれだ。

「自分の心のどこかで燻っていた“東京でチャレンジしたい”という思いを拭いきれなかったというのが、正直なところですね」。東京で再び新たな一歩を踏み出した理由を岡村シェフはこう語る。一度離れたからこそ感じることができた、世界的な美食都市東京の魅力があったのだろう。

「お客様の反応が、(東京は)やはり、ちょっと違うんです。ただおいしいだけでなく、例えば『このソース、ハーブは何を使っているの? 香りがいいね』とか、ちょっとしたコメントや感想が料理人にとっては励みになるんですよ」と岡村シェフ。そこに、自然と会話も生まれるわけだ。

テーブル席も含め34席だったトラットリア・ケ・パッキアに対し、こちらはカウンターのみ8席のこぢんまりとしたスペース。奥様と二人三脚で切り盛りするには充分な広さだろう。アラカルトはなく「おまかせのコース」12,100円〜のみ。取材日の内容はこうだ。

  • イサキの冷菜
  • 豚の舌のポテトサラダ風
  • 花ズッキーニのモッツァレラチーズ詰フリット
  • 鮑の丸ごとフリット
  • 甘鯛のウロコ焼きフレッシュトマトのソース
  • オッソブーコ
  • スパゲティミートソース
  • 作りたての日替わりシャーベット

そして最後に、焼きたての熊さんマドレーヌと食後の飲み物が運ばれてきてフィニッシュとなる。

イタリア定番の伝統料理をコンセプトにしていた「ケ・パッキア」では、一見豪快なガッツリとした料理を提供していたものの、岡村料理の根幹は「ヴィノ ヒラタ」時代から師と仰ぐ「ピアット スズキ」鈴木弥平シェフと、今は無き「ラ・ゴーラ」や「アモーレ」で怪腕を振るった故澤口知之シェフの料理哲学。繊細さと豪快さ、その両輪を学んだ岡村料理は、一皿の量感はダイナミックながら、下拵えや味付けの細やかさが随所に光る。

例えば「イサキの冷菜」。重さ1kgもあるビッグサイズのイサキは、鮮度を生かすべく、余計な味付けはせずに軽く塩で〆るのみと一見シンプル。だが、燻製にかけたオリーブオイルをさっと塗り、表面だけを炙って香りを立たせるなどちょっとしたひと手間で立体感のあるおいしさを演出している。

「イサキの冷菜」

それと同時に、皮と身の間に潜むにおいが取れ、旨味が広がるというわけだ。香味野菜を散らし、食感と盛り付けにさりげなく彩りをつけている。肉厚のイサキは、見るからにむっちりとして美味。ほど良い塩加減と薫香に刺激され、これから始まるコースへと胃袋が開いていくようだ。

その後、前菜が2〜3品運ばれ、いよいよ定番の鮑が登場。丸ごとフリットにした鮑を、1人に1個つける大胆さはいかにも岡村シェフらしい。鮑は、寿司屋のそれを参考に蒸し鮑にしているそうだが、あくまでもテイストはイタリアン。殻ごと水に入れた鮑を、オリーブオイルと白ワイン、ニンニクと共にゆっくり火にかけること約2時間半。「そのまま冷まし、煮汁に出た旨味を戻す」のがおいしさの秘訣だ。

「鮑の丸ごとフリット」

天ぷらよろしく薄衣で揚げた鮑は、プルンと柔らかな弾力が歯に心地よく、サクサクの衣とのコントラストも美味。トッピングの甘酸っぱい赤玉ねぎが彩りと共に舌を飽きさせないアクセントとなっている。曰く「今回はフリットにしましたが、揚げずにジェノヴェーゼソースを添えたり、リゾット仕立てにしたりと趣向を変え、今後も可能な限り年間を通して出していくつもり」だそうだ。

「オッソ・ブーコ」

メインは、岡村シェフの十八番「オッソ・ブーコ(仔牛脛肉の煮込み)」が堂々と登場。オッソは骨、ブーコは穴の意味で、イタリア・ロンバルディア州の郷土料理だ。岡村シェフがこだわるのは、トマトを使わぬミラノ風。18世紀にトマトがイタリアに普及する以前に生まれた(一説によれば1000年ほど前)古典的な一皿で、“リゾット ミラネーゼ”と言われるサフランのリゾットを添えるのが伝統のスタイルだ。ちなみにミラノにはサフランを用いた料理が多く、金融の中心地であるミラノの“富の象徴”として親しまれているそうだ。

2時間半余りもかけ、ゆっくりと煮込まれた仔牛脛肉は、フォークでほろりとほぐれるほど柔らかく、それでいてパサつきが全くない。煮込むほどに肉の旨味と香味野菜の香りや甘味が自然に溶け合う旨さは格別。トマトが入っていない分、肉本来の滋味がじんわりと舌に広がる。どこかほっとする味わいだ。付け合わせのリゾットとの相性も上々。これ一皿で完結してしまいそうなボリュームに目を丸くしていると、岡村シェフが一言。「イタリアには“ピアット ウニコ”といって、パスタやリゾットなどのプリモピアットとメイン料理を一皿に盛って提供する食ベ方があるんです。日本で言えば、さしずめ定食といった感じですね。そんな飾らない味が、僕は好きなんです」

カウンター8席のみ、しかもコースオンリーのイタリア料理店と聞けば、確かにイマドキのモダンなリストランテを想像しがちだろう。が、さにあらず。こぢんまりとした店内は、落ち着いた大人が似合うリストランテの趣を漂わせているものの、料理は豪気な岡村シェフの人柄そのままの味とボリューム。素材に対して自然体なおいしさが持ち味だ。

「スパゲッティミートソース」

〆のパスタも、シンプルなトマトソースやボンゴレ、アマトリチャーナといったオーソドックスな味を用意。おなじみの味とはいえ、そこは百戦錬磨の岡村シェフのこと、ひと味違うアレンジで舌を楽しませてくれる。例えば、ご覧のミートソース。粗挽き豚肉100%のそれは、ソースというよりまるで肉団子を潰したような肉感が頼もしい。食べた!という実感を満喫できるはずだ。ちなみにパスタの量はお好みで。個々に確認してくれるので、ご安心を。

ワインは、泡共々にイタリアワインのみ。それぞれグラスも用意されている。赤、白各1,320円〜。スプマンテ1,540円〜。

※価格はすべて税込、コペルト料(600円)別

※外出される際は人混みの多い場所は避け、各自治体の情報をご参照の上、感染症対策を実施し十分にご留意ください。

※営業時間やメニュー等の内容に変更が生じる可能性があるため、最新の情報はお店のSNSやホームページ等で事前にご確認をお願いします。

取材・文:森脇慶子

撮影:佐藤潮