写真:お店から

日本酒というと近年、醸造技術、貯蔵・冷蔵技術の進歩により淡麗・フレッシュ・フルーティーな味わいが親しまれている。しかし、貯蔵技術がまだ進歩していなかった江戸時代、日本酒は自然の力に任せた熟成をさせ、古酒として楽しむ文化が身近に存在していた。年代物のワインを楽しむように、かつて日本人は年代物の日本酒を大いに楽しんでいたのだ。

そこに目をつけたのが、2022年3月24日にオープンした「酒遊び とらとら」の店主で御燗番、唎酒師の大森運大氏。新鮮な日本酒が主流の昨今において、忘れられた日本酒文化の復興を目指して、奥深い熟成日本酒の魅力を酒器、飲み方にもこだわり発信したいと新たに店を構えた。

ようこそ、身体に優しい熟成日本酒の世界へ

お燗捌きを眺められる、落ち着いた雰囲気の木目カウンター席

店があるのは恵比寿神社のほど近く、路地裏にあるビルの3階だ。カウンター14席のみの店内を飾るのは、蔵直送のものを含む約60種類の日本酒。そのどれも希少な自家熟成日本酒だ。

同店が熟成日本酒に特化したのには訳がある。実は御燗番の大森氏は元々、ビールなら一杯飲むのがやっとというくらいお酒が得意ではなかったという。そんな大森氏が20歳前後で飲食の道に入り、銀座や丸の内など様々なエリアの飲食店でお酒を知っていく中で出合ったのが、お燗と熟成日本酒だった。アルコールに弱い体質の大森氏でも、熟成日本酒であれば2、3合おいしく飲めてしまったのだ。

熟成庫の温度などによって熟成のスピードや質が変わるので、同じ熟成年数でも色合いや味わいが異なる 写真:お店から

この理由について大森氏は、二日酔いの原因成分であるアセトアルデヒドが関係していると話す。アセトアルデヒドは体内でアルコールを分解する際に発生するだけでなく、お酒自体にも含まれている。しかし、お酒を熟成、酸化させることによって、アセトアルデヒドを揮発性の高い酢酸エチルへと変化させ、減少することができる。つまり二日酔いしづらくなるというのだ。

大森氏が熟成日本酒に惚れ込んだ理由は、それだけではない。熟成の方法や年数によって、色合いや香り、味わいが変化するというその多彩さにもある。

写真:お店から

ウイスキーやブランデー、焼酎、ワインには長期間熟成した「○年もの」と表示されたお酒が存在する。長期熟成された酒には複雑な深い味わいが隠されており、これは日本酒も同様だと大森氏。「熟成酒」は、一般的には製造後1年以上経ったお酒を指す。光を遮断して温度管理された貯蔵庫で静かに寝かせることで、まるでウイスキーのような色合いで深い味わいの日本酒が生まれるという。

同店では熟成は最低5年以上、空気には1カ月以上、長いときは2年以上触れさせている。長い期間熟成することで、透明な酒にはほんのり色がつき始め、10年以上になると琥珀色へと変化していく。香りは、銘柄によって様々だが、甘い芳醇な香りや酸味など、味わいの奥深さが感じられるようになるのが魅力だ。

料理コースは、3種のペアリングと楽しみたい!

盃は好みのものを選べるほか、いまでは珍しい骨董品の盃台も用意されており、酒器を楽しむ喜びもある

同店では「新『旬菜嘉肴』」8品6,800円、「新『美味嘉肴』」9品8,800円、「吟撰 虎嘯-kosyo-」9品10,000円の3種類があるほか、アラカルトも展開。コース料理には、A.冷酒〜常温ペアリング、B.お燗酒ペアリング、C.お任せペアリングの3種のペアリングを用意しており、料理8品のコースには3,000円、9品のコースには3,500円で追加することができる。

瓶ごとに個体差があるため、印象の違いも楽しめる「あぶく」

まずは先付の蜆汁と共に、愛知県の青木酒造の協力を得て、同店オリジナルで造ったという「あぶく」※ の冷酒で乾杯。にごり酒だが微発泡で清涼感があり、米の芳しい香りが印象的だ。瓶内二次発酵されたこちらは一本一本個体差があり、来店のタイミングに応じて、出合えるお酒の風合いが異なるというのは面白い。

※ 冬~春限定のため現在は売り切れ

前菜含めコースの内容は、季節や食材の仕入れ状況に応じて変わる

料理は、店を運営する東京レストランツファクトリーの熟練の和食職人が担当。無添加かつ手作りにこだわっており、カラスミに至るまで自家製だ。この日の前菜は写真右から順に「鴨の酒蒸し」「甘海老の沖漬け」「唐墨の西京漬け」「ガリ〆サバ」「信州産アスパラの酢味噌がけ」の5種。皿の右側にあるうま味の強いものから、左側の酸味のあるものへと食べ進めることで「あぶく」の甘みがさらに引き立つよう構成されている。

合わせるたまり醤油は高級料亭でも使われている関ヶ原産

この日のお造りは、天然のキビナゴ、イサキ、サワラ、マダイ、本マグロの5種。お造りに合わせていただいたのは、なんと日本酒2種類。白身魚と光りものには、川村酒造の「酉与右衛門(よえもん)2020年」の冷酒を、本マグロとサワラには5℃で冷蔵熟成させた三芳菊酒造の「三芳菊2016」の冷酒を合わせるのがおすすめとのこと。

「酉与右衛門2020年」と「三芳菊2016」

刺身にはスダチ、たまり醤油、薬味、日本酒を順番に合わせていくことで、きれいにうま味が広がる。柑橘っぽい酸味に豊かな味わいの「酉与右衛門2020年」は確かに白身魚や光りものと合うし、まろやかな口当たりながらどっしりとした飲み心地で、甘やかな香りが印象的な「三芳菊2016」は、うま味ののった本マグロの後味に寄り添う。

「常陸牛の酒粕味噌漬け」「熟成純米酒しゃぶしゃぶ」など、のんべえ垂涎の料理の数々!

「常陸牛の酒粕味噌漬け」

この日の焼き物は「常陸牛の酒粕味噌漬け」という、酒好きが泣いて喜ぶアミノ酸凝縮な贅沢メニューだ。味噌と酒粕に漬け込みレアに火入れした常陸牛を、卓上の七輪で炭の香りを移してからいただくという粋なプレゼンテーションも憎い。

竹浪酒造の「七郎兵衛2018年」。このとき、好きな盃を選ばせてもらった

これに合わせるのが、50℃で10分ほど燗してうま味を引き出した、竹浪酒造の「七郎兵衛2018年」。甘い常陸牛の脂に、ほんのりクセがありながらも米のうま味とまろみを感じる「七郎兵衛2018年」がよく合う。

沸き立つ日本酒の華やかな香りが食欲をそそる

さらに酒好きを沸き立たせるのが、竹鶴酒造の「秘傳」をたっぷりと使った「熟成純米酒しゃぶしゃぶ」だ。この日の食材は蛤、サワラ、ウルイ、菜の花と春爛漫。これに昆布や梅などを合わせた自家製の煎り酒をつけていただく。

神亀酒造の「ひこ孫2009年」

ペアリングする熟成日本酒は、ふくよかでしっかりとした味わいながら、適度な酸味も感じる神亀酒造の「ひこ孫2009年」。熟成純米酒でしゃぶしゃぶした蛤は、米の甘みをまとい、貝の主成分であるコハク酸の苦味と酸味を伴ったうま味を「ひこ孫2009年」がしっかりと受け止めてくれる。

三陸産の鮑を使用した「鮑と山田錦のリゾット」

この後も「鮎魚女(あいなめ)の揚煮 旨出汁餡」、燻製した鰹に燻製したポン酢を合わせた「初鰹の燻製ポン酢」、酒米で知られる山田錦を使った「鮑と山田錦のリゾット」、デザートの「北海道産小豆の白玉ぜんざい」とコースは続いたが、どんな日本酒がペアリングされるかは、訪れてからの楽しみにとっておいていただきたい。

日本酒の概念を変える奥深く希少な熟成日本酒に、四季折々の食材で熟練の和食職人が奏でる創作和食の数々を堪能できる酒遊び とらとら。めくるめく熟成日本酒の世界に酔いしれに、足を運んでみては。

※価格はすべて税込

※外出される際は人混みの多い場所は避け、各自治体の情報をご参照の上、感染症対策を実施し十分にご留意ください。

※営業時間やメニュー等の内容に変更が生じる可能性があるため、最新の情報はお店のSNSやホームページ等で事前にご確認をお願いします。

撮影・文:中森りほ