【森脇慶子のココに注目 第36回】「スポルカチョーネ」

東急田園都市線用賀駅から歩くこと5〜6分。八百屋やラーメン店などが並ぶ生活感たっぷりの通りを抜け、昔ながらの風情漂う銭湯「栄湯」を横目に見やり、住宅街に差し掛かる辺り、変形交差点の角に立つ小さなイタリア料理店。うっかりしていると見過ごしてしまいそうなこの店が、お目当ての「スポルカチョーネ」だ。

「どんな人にも来てもらえて、気取らず、お腹いっぱい食べてもらえる。独立するなら、そんな店にしたいとずっと思っていました。地元の人がふらっと立ち寄れるような……そんな感じ。自分の目の行き届く範囲で、と思っていたので、これくらい小さな店が理想でした」

人懐っこい笑顔を浮かべ、そう話すのは、オーナーシェフの井上雄一さん、31歳。

オーナーシェフの井上雄一さん

その言葉通り、客層は実に幅広い。早い時間は小さな子供連れの家族客で賑わうかと思えば、夜も更ける頃には、仕事帰りのサラリーマンがグラッパを引っかけに夜な夜な訪れるといったあんばいで、様々なシチュエーションにも応えてくれる懐の深さも人気の所以であり、地元店の強みだろう。

僅か10坪ほどの店内は、カウンター6席と簡易なテーブルが2つの計12席。店頭には立ち飲みスペースもあり、いたって気さく。オステリアかバルか、といった雰囲気ながら、料理は正統派。「辛口トリッパ」や「大きいフジッリ 森のラグー」「自家製サルシッチャ」等々、メニューには、修業先のトスカーナを中心とした気取りのないイタリアの郷土料理が並ぶ。コースはなく、アラカルトのみ。黒板を飾る数々の料理名を見ているだ けで、お腹も空いてきそうだ。

中には「うちの肉じゃが」といった居酒屋チックなネーミングもあり、どんな料理かと思いきや、フィレンツェ名物の屋台料理「ランプレドット」のこと。牛の第4胃ギアラとじゃがいもを煮込んだ、いわばフィレンツェ風もつ煮込みだ。

また、カルボナーラにしても「イタリアのカルボナーラ」と「日本のカルボナーラ」の2タイプを用意。前者の場合、パスタは小さいリガトーニとなり、ソースにはグラナパダーノとペコリーノの2種のチーズと卵黄を使用。グアンチャーレが入る本場そのままのローマスタイル。一方、後者はパスタをスパゲッティに変更。全卵と生クリームをベースに、ベーコンとグラナパダーノチーズが入る、日本人にもおなじみの味だ。

あえて2パターンを置いたのは「みんなにとって一番身近なイタリアをこの用賀に」との井上シェフの強い思いから。だからこそ、イタリアの家庭料理や郷土料理を作り続け、ゲストにはめいっぱい“食べ散らかして”ほしいと願っているのだ。店名に「スポルカチョーネ」(イタリア語で食べ散らかすという意味)とつけた理由でもある。

「リングイネ 超すり立てジェノヴェーゼ」

ここに来たなら、まずは食べてみたい名物が、ご覧の写真上の一品「リングイネ 超すり立てジェノヴェーゼ」1,200円だ。すり立てというように、ジェノヴェーゼソースは作り置きをせず、注文が入ってからにんにく、松の実をすり鉢に投入。軽く潰してからバジルをちぎって加え、力いっぱいすり混ぜる。この間、狭い店内に充満するバジルの香りが実に爽快! その様子を客席で見せるパフォーマンスも楽しみだ。

仕上げに茹で立てのパスタとグラナパダーノチーズにオリーブオイルを混ぜ合わせれば完成。口にすれば、バジルの甘く爽やかな香りが鼻腔を抜け、自然とフォークを持つ手が進むはず。小気味良いパスタの歯応えとの波長もぴったりだ。

また、隠れた(?)井上シェフの自信作は「ローストチキン」。雛鳥を丸ごと一羽、オーブンでロースト。ローズマリーと塩のみのシンプルな味付けながら、身はジューシーで柔らかく、ぱさつきがちな胸肉もしっとり。

「ローストチキン」

聞けば、水を張ったフライパンに網をのせ、その上にチキンを置きオーブンで蒸し焼きにしているそうで、なればこそのソフトな食感を巧みに引き出している。何もつけずとも、それだけで充分美味。テイクアウトもできるそうだから、ホームパーティの主役にもなってくれそうだ。と、見ればお皿はSNOOPY。このユルさ!

だが、そんな本格的な料理と程よい脱力感とのバランスの良さも、この店の大きな魅力のひとつだろう。

「トンノ デル キャンティ」

その他、豚肉をツナに見立てたトスカーナ料理「トンノ デル キャンティ」や揚げ肉団子の「ポルぺッティ」など気の利いた前菜も豊富。これらをつまみにワインを楽しむも良し、がっつりフルコースを堪能するも良し。パスタとサラダでサクッと地元飯という使い方も、もちろんOK。

いわゆるパスタ屋ではなく、きちんとしたイタリアの郷土料理が日常にある――。イタリア料理の裾野の広がりを感じさせる人気店だ。

※価格はすべて税込

※時節柄、営業時間やメニュー等の内容に変更が生じる可能性があるため、お店のSNSやホームページ等で事前にご確認をお願いします。

※外出される際は人混みの多い場所は避け、各自治体の情報をご参照の上、感染症対策を実施し十分にご留意ください。

※本記事は取材日(2021年11月22日)時点の情報をもとに作成しています。

取材・文:森脇慶子

撮影:外山温子