老舗と新進気鋭の店が混在する日本橋にオープン

店はラペにほど近いビルの地下にあり、扉を開けて下りていくため隠れ家感がある。

フレンチのシェフがプロデュースするおでん屋。それだけで興味が湧く人も多いだろうが、すでに実績はある。

4年連続で星付きを維持しているフレンチ「La Paix(ラペ)」が毎年新年にだけ実施していた「おでん屋 平ちゃん」が、それだ。元々はオーナーシェフの松本さんの実家がおでん屋だったことからスタートした企画だったが、フレンチのエッセンスを取り入れながらもしっかりと和の味わいが楽しめるフルコースのおでんはあっという間に話題になり、毎年予約困難な人気イベントとなっていた。

新年だけではなく開催を望む声も増えた。そこで、こんな時期だからこそ、生産者たちにも貢献したいと新たに店舗を構えての提供に踏み切り、これまでラペで腕をふるってきた若きシェフ根内さんを料理人に据えた「おでん屋 平ちゃん」がオープンとなった。

おでん屋のイメージを覆すモダンな店内

「おでん屋 平ちゃん」店内
カウンター席の他、2つの個室がある。人気の席は、やはり調理過程が見えるカウンター。

店内はコンクリートの打ちっぱなしの壁にモノトーンと木目でまとめられたモダンな雰囲気。オープンキッチンの造りは一見、洋の装いだ。おでん屋に定番の四角いおでん鍋は見当たらない。

なぜなら同店では、鰹と昆布で出汁を取り白醤油で味を調えたスープを基本にしながらも、一品ずつおでんの具ごとに仕上げていく。そのため、すべてが同じ出汁の味になってしまうおでん鍋は必要ないからだ。洋風に言うならフルコース、和風で言うなら懐石料理のように趣向を凝らしたおでんが楽しめる。

王道のおでん種・大根が入った異色のおでん春巻き

「おでん屋 平ちゃん」おでん春巻き
「平ちゃんのスペシャリテ おでん春巻き」(+1,210円)。写真は撮影用にカットしたもの。

メニューはランチ、ディナーともにおまかせの1コースのみ。突き出しから始まり、夏場は冷たいおでんなどの前菜が供される。その後、希望すれば追加できるのが同店のスペシャリテである「おでん春巻き」だ。

春巻きの中にあるのは、千葉県産の房総オリヴィアポークとおでんの定番である大根。実は、コースのお品書きを見ると、おでんの具で一番人気と言ってもいいであろう大根がないのだが、こんなところに潜んでいて意外性がある。豚肉は松本シェフの得意とする食材でもあり、王道の大根との組み合わせは、まさにスペシャリテと言える一品だ。

春巻きは、ロースの中でも中心部の一番良い部位をおでん出汁で煮込み、同じく出汁がしみ込んだ大根とともに包んでカリッと揚げていて、食べ応えがある。大根が軟らかすぎずに適度な歯ごたえがあるのもいい。前菜として出るおでんと、その後に提供されるおでんの間に、おでんの新たな可能性を見せる一品が楽しめることから、ぜひとも追加しておきたい。

イカが加わることで同じ出汁でもまったく異なる味わいに

「おでん屋 平ちゃん」スルメイカ
スルメイカのおでん。ゲソの他、イカ焼売と里芋が添えられている。

ランチでは「おでん春巻き」の次は、おでんの3種盛り合わせが2皿と揚げ物、〆のご飯となる。一方、ディナーコースでは盛り合わせの前に「平ちゃん」らしいおでん種が登場する。

取材した8月は「スルメイカ」が提供された。おでん種でいえばタコのほうがメジャーだが、スルメイカの調理が始まった途端に店内にはイカと出汁の良い匂いが漂い、おでんとの相性の良さを物語る。これだけインパクトがあるならば、ひとつの鍋で煮込むのではなく、一品ずつ仕上げていくのも納得だ。

皿にはゲソとイカのミンチで作った焼売の他、里芋も盛られていた。ゲソは驚くほど柔らかく、隠し味としてビネガーを使っていることからさっぱりとした後味になっている。

フレンチの技法が生きている定番のおでん種

「おでん屋 平ちゃん」おでん3種盛り
3種盛りは、イワシのつみれとつくね、こんにゃく。

おでんの盛り合わせは、つみれ・つくね・こんにゃくの3種。こちらもおでんの定番種とはいえ、フレンチの技法が活用されている。

例えば、つみれはリヨンの郷土料理であるクネルという魚のすり身を使った料理の技法を取り入れ、ムースのようにふわふわに仕上げている。つみれらしい歯ごたえを想像して頬張ると、その予想外の食感に驚くだろう。

添えている辛子も和辛子にフランスのディジョンマスタードを加えて練ったもの。わずかに交わる洋の味わいが、おでんにアクセントを加えている。