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〈小池克臣と行く、和牛百景〉
和牛の魅力ってなんだろう。美しいサシ、脂の旨みといったお肉そのもののおいしさはもちろん、料理人、生産者など和牛をとりまく物語も見逃せない。今や世界中の“おいしい共通語”となった、和牛〜WAGYU〜がおいしく食べられる名店を“肉バカ”こと小池克臣が探す、食べる、紹介する!
第5回 銘柄牛を肩肘張らずに楽しめる老舗焼肉店「焼肉 スタミナ苑」
小池さんが太鼓判を押す「スタミナ苑」は、2軒ある。1軒は足立区鹿浜にある、泣く子も黙る伝説の名店。そしてもう1軒がここ。江東区・砂町銀座商店街に佇む、カジュアルな雰囲気ながら、実は創業70年を誇る老舗の実力店だ。
老舗の実力は、タレのおいしさと並メニューの素晴らしさにあり
東京23区内の焼肉店を片っ端から食べ歩いていたときに出会ったというこちら。ほかにないその魅力を小池さんが解説する。
食べログマガジン編集部
最高ランクの和牛を食べ尽くしている小池さんの肉ゴコロをわしづかみにしたのは、どんなところですか?
小池さん
特選メニューがおいしいのは、ある意味当たり前。値段もはりますしね。僕は、並メニューにこそ、店の腕が問われるとつねづね思っていて、ここはまさにその“並”が素晴らしいんです。佐賀牛や仙台牛といった国産の銘柄牛を扱っていながら驚くほどリーズナブル。子どもを連れてきても懐を気にせず、楽しめる。つくづく、家の近所にほしいなぁと思う1軒です。
食べログマガジン編集部
焼肉店に関しては「老舗店には続く理由がある」とのことで、お店探しのときについ選んでしまうそうですが、こちらはなんと創業70年だそうですね!
小池さん
10年続けるのも大変なことですから、驚きます。歴史がある店は、まず、焼肉店にとってもっとも大切だと思うタレが違います。創業以来変わらないというここのタレも、味がしっかりしていて、それがちゃんと肉になじんでいて、ご飯と食べると、なおおいしい。こういう“ザ・焼肉”的なメニューを肩肘張らずに楽しめるのも、昭和のころから続く店ならではですね。
豪州産の厚切りタンは、国産に負けない食感の良さ!
ここからは、小池さんが推薦する“これぞ!”の焼肉3品をピックアップしそのおいしさに迫る。まずは、リピート率ナンバー1という特選厚切りタン塩から。
おすすめメニュー1「特選厚切りタン塩」
食べログマガジン編集部
後味がいいオーストラリア産のものを選び、上質なタン元の部分を厚切りにしているそうですよ。
小池さん
国産和牛のタンはなかなか手に入りませんからね。ただ、タンのおいしさは、国産か輸入物かより、個体差によることのほうが大きい。ひと括りに輸入物といっても、輸送状態によってもおいしさが違ってきますし。こちらの店はとてもいい状態のものを選んでいると思います。
食べログマガジン編集部
厚くカットしたタンにニンニクとゴマ油で下味をつけてあるそうですが、見た目のピンク色もすごく食欲をそそります!
小池さん
和牛に比べて、甘みはあっさりとしていますが、タンならではの歯応え、食感は存分に楽しめます。切り込みを入れてあるほうから焼いて、しっかり中まで火を通すと、そのおいしさが堪能できますよ。
しっとりした肉質の銘柄牛に絡むタレが、キケンなおいしさ!
続いて、口に入れた途端、小池さんの顔がとろけた上ロース。牛肉の銘柄は仕入れの状況によって変わるそうだが、いずれも国産のA5ランクの銘柄牛。
おすすめメニューその2「上ロース」
食べログマガジン編集部
今日の上ロースは、全国有数の黒毛和牛畜産県である鹿児島の、中でも評価の高い、生後30か月の雄の北さつま牛だそうです。
小池さん
肉質がしっとりしていて、いいですね。これはおいしいなぁ。しかも、このタレ、かなりキケンですよ(笑)。
食べログマガジン編集部
キケンなレベルのおいしさですか!? このタレの味つけは、創業のときから70年、まったく変わっていないそうです。
小池さん
ゴマ油を利かせた、やや甘めの味つけで、それがロース肉にしっかりなじんでいます。比較的新しい焼肉店って、タレがいまひとつであることが多いんですが、やっぱり、老舗は違いますね。タレがほんとうに味わい深くておいしい。
ごはんにのせて完成する“これぞ、焼肉”というおいしさ!
焼肉最後のおすすめは、焼肉界の真打ち、タレで楽しむカルビの登場。
おすすめメニューその3「カルビ」
食べログマガジン編集部
銘柄は週替わり。今日のカルビは、生後31か月の佐賀牛。オーダーが入ってから薄切りにして、例のキケンなタレに絡めてあるそうです。
小池さん
老舗のカルビは、ネギをのせているものが多いけれど、ここはあえてそうせず、肉質を見せている。店の自信の表れともいえて、質の高さがよくわかります。
食べログマガジン編集部
カルビに関しては、ご飯と一緒に食べることを前提に味つけしてあるそうですから、ここはやはり、ご飯、必須ですね?
小池さん
もちろん。カリっと焼きたいので、切り込みが入っているほうから焼いて、返したら、このやや甘めのタレをつけて、ご飯にのせて……と。これぞ、“ザ・焼肉”! タレありきのコンボなので真似できそうでできないおいしさです!
老舗の進化を感じさせるサイドメニュー
変わらない味がある一方、時代のニーズに合わせて、積極的に新作を考案しているのが、野菜を使ったサイドメニューだ。
ナムンチ
小池さん
大根のなます、小松菜、ぜんまい、もやし。それぞれに味付けした4種類のナムルを、さらに和えて、ひと皿にしてあるんですね。ところどころで出合うまなすの甘酸っぱさで味に変化が出て、飽きずに楽しめる。ありそうでなかったメニューですね。
無農薬のベビーリーフサラダ
小池さん
お店は、神奈川県伊勢原市に農園を持っていて、無農薬で野菜を育てているそうです。その農園から毎朝届く野菜を、塩、コショウ、オリーブオイルでシンプルに味付けしてあって、野菜そのもののおいしさが味わえる。変わらず、受け継いでいくものだけでなく、時代や客のニーズに合わせて新たなメニューを作っていくことも、この店が70年続いている理由のひとつでしょう。
キムチ
小池さん
どの焼肉店に行っても、必ずオーダーするメニューのひとつがキムチ。その味は店によってさまざまですが、これはかなり好みですね。漬かりすぎず、かといって浅すぎず。フレッシュ感もありながら、穏やかな発酵の酸味も感じられて、まさに自分にとってドンピシャの味です。
続く秘訣は、受け継ぐ味と、新しく生み出す味との両立にあり
現在店長を務めているのは、3代目にあたるオ・ボンジュさん。店の歴史から料理への取り組みまで、小池さんが肉を焼きつつ、聞きました。
小池さん
「スタミナ苑」という店名だと、鹿浜の店と間違って訪れてしまう人もいるのでは? (笑)
店主
はい。ときどきいらっしゃいます(笑)。でも、そういうお客様にも満足していただいて、リピートしてもらえるよう、心掛けています。
小池さん
正直なところ、最初は僕も“どうかなぁ”と期待半分不安半分だったんですが、来てみたら予想を裏切るおいしさで、足を運んだ甲斐があった!と。鹿浜とは、まったく別の店なのですよね?
店主
はい。この店は、昭和25年に、(豊洲に近い)枝川という場所で祖母が始めました。その時の名前は「街はずれ」。その後、北砂を経てここに移転してきたのですが、前店が「スタミナ」という定食屋だったので、そこに、当時流行っていた“苑”の一文字をつけて、いまの店名にしたと聞いています。
小池さん
創業70年というのは、焼肉店の中でもかなり歴史のあるほうだと思いますが、これだけは変えていないというメニューはありますか?
店主
牛肉そのものは質の高い銘柄牛にこだわって、進化させていますが、タレだけは70年間ずっと味を変えず、祖母が作ったレシピのまま。また、サイドメニューやドリンク類は、無農薬の野菜を使ったサラダや創作メニューを考案したり、ワインの品ぞろえを充実させたりして、代替わりした若いお客様のニーズにも応えられるようにしています。ナムンチは4年ほど前に考案したメニューですが、いま、すごく人気があるんですよ。
小池さん
商店街にあって家族連れも多いですから大変な部分もあるかと思いますが、ほんとうにリーズナブルで。近所にあったら、毎週末でも家族で訪れたいぐらいです。
店主
そうですね。牛肉の質は下げられないけれど価格を上げるわけにもいかないので、銘柄をひとつに絞らず工夫しているところです。
小池さん
焼肉店は星の数ほどありますが、こちらのように、家族で訪れて肩肘張らずに上質な牛肉が楽しめる焼肉店は、意外なほど少ない。貴重な一軒ですから、これからも頑張ってください!
DATA
※価格は全て税抜