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〈小池克臣と行く、和牛百景〉
和牛の魅力ってなんだろう。美しいサシ、脂の旨みといったお肉そのもののおいしさはもちろん、料理人、生産者など和牛をとりまく物語も見逃せない。今や世界中の“おいしい共通語”となった、和牛〜WAGYU〜がおいしく食べられる名店を、“肉バカ”、食べロググルメ著名人としてもおなじみの小池克臣が探す、食べる、紹介する!
第3回 和牛のおいしさを日本料理で伝える西麻布「常(とわ)」
牛肉を愛してやまない小池克臣さんが、オープンして1年半ながら、すでに5回も足を運んでいるという日本料理店がある。それが、「赤坂 菊乃井」や「かんだ」で腕を磨いた常安孝明さんが営む「常」だ。
焼肉の名店ならいざ知らず。れっきとした日本料理店に通うその理由は、「コースの中に4~5品、和牛を使った料理が組み込まれるんですが、そのバランスが絶妙。しかも、季節が感じられて、どの料理にも驚きがある」と、小池さん。実は、店主の常安さんも、小池さんに同行し、和牛の生産者のもとを訪れたことがあるというほどの肉好きなのだ。365日、肉を欠かさない男を感嘆させる、日本料理とは!? 続くインタビューでは、肉好き同士が、生産者への熱き思いを語り合う。
小池さんを感嘆させた、珠玉の3皿
実際にコースに登場する牛肉料理の一例を、小池さんが解説。料理はすべて30,000円(税抜)のコースから。
1. 焼きの技術が光る、和牛タン 塊焼
塊のまま炭火でやわらかく焼き上げたタンは、なんといっても、ゴロッとした厚みを楽しめるのが醍醐味。それを鰹ダシと合わせるのが、和食店ならでは。この日は青菜、松茸と。合わせる素材は季節替わり。
ここが見どころ、食べどころ
小池さん
黒毛和牛のタンは、それ自体、希少ですが、さらにその根元のやわらかいところだけを使っている贅沢さ! また、タンは、中まで火が入っていないとおいしくないんですが、焼きすぎても、表面がガチガチに硬くなってしまう。でも、これは焦がさず、弱火でじっくりと火を入れてある。断面の色を見ただけで、肉焼きの技術の高さがわかります。
2. 川岸牧場産神戸ビーフのサーロインステーキ
最近、手に入るようになった兵庫県・川岸牧場のサーロインは、シンプルに炭火焼きに。下味は塩のみ。表面をさっと強火で焼いたら、あとは“休ませては焼く”の繰り返しで、仕上げていく。和がらし、甘めの醤油、山椒だれ、自家製だれなど、客の飲み物に合わせて、薬味やたれを変えている。
ここが見どころ、食べどころ
小池さん
一般的な神戸ビーフのサーロインは、このぐらい厚みがあると、脂が前面に出てきがち。ところが、川岸牧場の肉を使ったこのステーキは、厚みがあっても、脂が強すぎず、ちゃんと赤身の香りなどが伝わってきて、肉の良さがよくわかる。表面に香ばしく、しっかり焼き色をつけているのもいいですね。僕は、もっぱら辛子でいただいています。
3. ご飯と出される、神戸ビーフと松茸のすき焼き
ここが見どころ、食べどころ
川岸牧場産神戸ビーフのザブトンを使ったすき焼き。ザブトンは、神戸ビーフの脂でさっと炒めて、松茸と合わせ、泡立てた卵をのせている。新潟・三条のふじくに農産のコシヒカリとともにサーブ。
小池さん
きめ細かなサシの入ったザブトンは、口の中でほぐれてすき焼きに向いた部位です。しかも、割り下に負けない肉の旨味があるのが、さすが川岸さんの神戸ビーフといったところ。滑らかなメレンゲ状の卵が、肉のおいしさをより際立たせてくれます。
読めばあなたも“肉仲間”!?
和牛愛あふれるふたりのスペシャル対談が開幕!
肉が取り持つ縁で、「常」のオープンを待たずして、知り合いになったという小池さんと常安孝明さん。客と店主であると同時に、一緒に神戸ビーフの生産者を訪れたこともあるという肉仲間。そんなふたりによる、和牛愛あふれる肉談義。
「常」が肉に力を入れる理由
小池克臣さん(以下、K):最近、和牛を主役にした和食店が増えていますが、肉好きといえども、コース全部に肉が入っていると、やはり食べ疲れしてしまう。その点、「常」は、バランスがとてもいい。12~14品からなるコースの中に4~5品入ってきて、最後まで飽きずに、食べ疲れせず、楽しめる。しかも、どれも肉好きなのがよくわかる料理ばかり!
常安孝明さん(以下、T):僕はプライベートでも肉が大好きなので、漠然とですが、自分の店では肉に力を入れようと考えていて。オープンするまでの間、焼肉の名店などを食べ歩いていたんです。その中で、だんだんといまのような形が見えてきて……。そのころですよね、小池さんとお会いしたのは。
K:そう、まだこの店がオープンする前でしたね。常安さんは「かんだ」でも肉の扱いは学ばれたはずですが、それに甘んじることなく、ここを構えるにあたっては「焼肉しみず」でも研修されたんですよね。
T:肉の扱いは特殊なところがありますから、力を入れていこうと決めた時に、やはり見ておきたいと思って。実際、包丁の入れ方、掃除の仕方、焼き方、保管の仕方など、とても勉強になりました。
K:ほかの料理はおいしくても、正直、肉の焼き方はいまひとつ、という和食店も少なくないんですが、ここはそうではない。常安さんは、焼き方もすごくうまい。肉が好きな人の料理なんです。
ふたりが訪れた、川岸牧場産神戸ビーフの魅力
T:実は、店をオープンして間もないころ、小池さんと川岸牧場にご一緒させていただいたんですよね。
K:川岸牧場は、兵庫県西脇市で4代続く神戸ビーフの生産者で、ここの肉を初めて食べた時は“ほかの肉と全然違う!”と驚きました。脂が前面に出すぎないといいますか、口に入れた瞬間、脂の質の良さがわかりますし、赤身の香りも違います。どうして、こんな牛が育てられるんだろうと、牧場を訪ねたことがあって……。
T:僕も初めて食べた時に、自分の店でぜひ、使いたいと思いましたから。小池さんから、川岸さんのところに行くと聞いて、同行させてもらったんです。
K:牛舎を訪ねてまず驚くのが、人間が寝泊まりできるような清潔感があること。家畜を飼っているというにおいがまったくない。川岸さんは“牛がおいしくなるために、当たり前のことをやっているだけ”とおっしゃるんですが、それだけ手を抜かずに、一頭一頭を大切に育てているからこそ、おいしさが違うんですよね。
T:牛舎の頭数も制限していて、とてもゆったりした空間でストレスがかからないように育てていらっしゃる。大変な情熱をもって牛を育てている方の姿を実際に見て、声を聞いて、この情熱を、料理を通してお客さまに届けなきゃいけないなという思いを強くしました。
「常」の和牛料理には、驚きがある
K:いま、「常」で使っている牛肉は、川岸さんのところのものがメインですよね。
T:はい。和食に使う和牛は、部位そのものの味が活かせる牛肉がいいと思っていて、それはやはり、川岸さんのように、ちゃんと牛と向き合っている生産者のものに限ると感じていますから。実際にお会いすることができたおかげで、ザブトンから始まって、リブロース、最近はサーロインも扱えるようになりました。いまは、こちらから“こんな肉が使いたいんですが”とお話しして、相談しながら仕入れています。
K:タンは、流通の問題で、川岸さんのものは手に入らないけれど。
T:でも、サーロインだけでも、うちのようなまだ新しい小さな店に分けてもらえるのはありがたいなぁと思っています。サーロインは基本的に炭火焼きで出しているんですが、焼いている時の香りからして違います。口にすると、肉汁なのか、脂なのか……が口の中に広がったかと思うと、すっと溶けて、余韻が続く。
K:ステーキはシンプルな料理だけに、素材の良さが際立ちますよね。「常」では、和牛のいろいろな部位が出てきますが、どんなふうに料理を考えているんですか。
T:僕は、この肉のこの部位は、どう料理するのがいちばんいいのかを、まず考えます。そして、それに近い食材を当てはめて、合わせる素材などを決めていきます。たとえば、ヒレ肉のテートなら赤身でやわらかく、マグロの感じに近いので、“づけ”にして握ろうとか……。
K:そう、ここにくると“この部位をこう料理したんだ!”っていう驚きがいつもある。しかも肉料理でありながら、旬や季節が感じられる。だからこそ、通ってしまうんですね。
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